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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第19章 徒花と羊の歩み✔



 静かな水面に広がる一滴の波紋のように。
 暗い瞳の中に何かを見つけた気がして、槇寿郎は口を噤んだ。

 それは杏寿郎も同じだった。
 常に見開いている双眸を尚開き、顎を上げて姿勢を正し真っ直ぐに槇寿郎だけを見る蛍の横顔を見つめる。

 しんと音の消えた部屋を戻したのは、静寂を作り上げた本人だった。


「っす、みません出過ぎたことを…!」


 急にはっと口を大きく開けたかと思えば、見る間に蛍の顔色が悪くなる。
 がばりと勢いよくその場に両手をついて土下座をする蛍に、先程まで纏っていた空気はない。


「わ…私は、未熟者なので、槇寿郎さんの仰ることも頷けます。ですが…師範は、沢山の人の命を鬼から救ってきた御人です…私も師範がいなければ、今此処にはいません。どうか…それを、無駄なものと、切り捨てないで、ください…」


 額を両手に押し付ける程に身を伏したまま、それでも辿々しく蛍は乞うた。
 自虐ではない。自分が未熟者である自覚はある。
 しかし杏寿郎は、柱として認められるだけの成果を遂げてきた者だ。
 それを無駄の一言で片付けて欲しくはないと思った。


「初見の身で、不躾なことを…すみません…」

「……蛍」


 小さく小さく縮まる丸められた背に、そっと杏寿郎の手が触れる。


「君は何も、可笑しなことは言っていない。だから顔を上げてくれ」


 優しく告げる杏寿郎の声に促されるまま、おずおずと顔を上げる。
 蛍の背に手を添えたまま覗くように顔を傾けた姿勢で、杏寿郎は微笑みかけた。


「ありがとう」


 眉尻を下げ優しい微笑みをひとつ。
 安心させるかのように、にこりと朗らかな笑みをふたつ。


「……鬼の頸が斬れない剣士だと…」

「確かに、彼女は鬼の頸を斬ることはできません。しかし時に俺の目となり足となり、命の懸け橋となってくれています」


 ようやく口を開いた槇寿郎は、先程までの荒さはないもののきつい目元は変わっていない。
 対して杏寿郎は先程の蛍のように顎を上げると、強い双眸で槇寿郎を見返した。


「人の命の重さを知っています。鬼の恐怖と哀傷も理解しています。その上で、己の道を模索し歩んでいるのです。称賛など得られずとも」

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