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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第19章 徒花と羊の歩み✔



 彼は杏寿郎の父だ。
 自分よりも遥かに長い時の中で、杏寿郎のことを見続け、触れ合い、関わってきた。
 故にその心も理解しているはず。

 炎柱となる為に、絶え間ない努力と挫折を繰り返してきたのだ。
 睡魔など体が受け付けなくなる程に。
 食の味覚を失う程に。
 そうしてようやく手にした柱の座も、これで認められるだろうかと喜々として告げた父には一蹴された。
 それでも信念を曲げることなく己を叩き上げ、人々の為に毎夜地を駆けずり回り手を血に染め、鬼を滅し続けている。

 それのどこがのうのうと居座っていることになるのだろうか。


「…っ」


 膝の上の拳を握りしめたまま、蛍は唇を噛み締めた。
 杏寿郎の何を見てそんなことを言っているのかと罵りたくなったが、相手はその父親である。
 殺意を向けてくる実弥に対して切れた啖呵は、槇寿郎には向けられなかった。


「大した者にはなれないんだ。お前は。いくら剣技や呼吸を鍛えようとも全てが無駄だ! 命が惜しくば、お前もさっさと継子なんか辞めることだ。炎の呼吸を継承したところでなんの意味もない!」


 荒れる声は杏寿郎を罵りながら、それは蛍にも向けられた。
 肌にまで感じる圧は、元柱であった男のものだ。
 それでも蛍は目を逸らさなかった。


「…私の呼吸は、剣を振るう為にできていません」


 逸らしたくないと思った。
 こんな男に臆してなるものかと。


「私の…刃も、鬼の頸を斬ることはできません」


 どんなに人智を超えた力を持っていても、それは鬼を倒す為に出来てはいない。
 精々できるのは、杏寿郎の鬼殺の補佐くらいだ。


「それでも私は炎柱の継子を望みました。私が、それを選び取りました。それは例え師範である杏寿郎さんにも、その父である貴方にも、否定はさせません」


 それでも、鬼としても人の世で生きる自分の在り方を探した。
 甘さの残る無謀なものであっても、手探りにようやくその形を作り上げたのだ。


「私が選んだ、私の歩む道です」


 静かに告げながら、蛍の目が真正面から槇寿郎を見据える。


「その地に踏み入る気がないなら、無責任な泥を撒き散らさないで下さい」


 深く暗い瞳の奥に、燃えるような強い揺らぎが垣間見えた。ような、気がした。

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