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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第19章 徒花と羊の歩み✔



「まだ暑さも残る気候ですので、父上もお体に気を付け」

「くだらん挨拶はいい」


 あれこれと内心葛藤していた蛍の思考を止めたのは、はきはきと続く杏寿郎の声に被さるもの。
 低く、酒焼けしたような掠れを残す槇寿郎の声だった。


「建前などいらん。お前が話したいことは"それ"だろう」


 酒壺を傾けて、ぐびりと口に含む。
 ゆっくりと振り返った槇寿郎の顔は、臭いも充満する程に酒を煽っているというのに、全く酔った素振りをしていなかった。
 寧ろ冷め切った顔にさえも見える。
 その顔の造りは、やはり杏寿郎と酷使していた。

 逆立った焔色の前髪に、凛々しい太い黒眉の間には深い皺が寄っている。
 無精髭を生やした口元をへの字に曲げて、鋭い目つきで槇寿郎は二人を見据えた。


(あ。違う)


 似ていると思った。確かに似ていた。
 千寿郎を初めて見た時も、この年頃の杏寿郎はこんな姿だったのだろうかと想像して高揚した程だ。

 しかし違う。
 未来を見据える能力などなかったが、それでも漠然とだが蛍は納得できた。
 例え同じ年頃に杏寿郎が成長したとしても、今の槇寿郎のような顔はしていないだろう。


「流石父上、よくお分かりで! 彼女は彩千代蛍さん。炎柱の継子として共に切磋琢磨している女性です」

「は…はじめまして。彩千代ほ」

「くだらん」


 慌てて頭を下げた蛍の声を皆まで聞かず、槇寿郎は冷たく一蹴した。


「いくら新しい継子を作ったとしても、どうせすぐ続かなくなって辞める。万一続けられたとしても、以前の継子のように別の呼吸を極めて辞める。炎の呼吸など後継してもなんの意味もない」


 鋭いその目には譲歩の一欠片もありはしない。
 低く跳ね返すような冷たい声で、淡々と否定した。


「俺達の価値など所詮その程度だ。炎柱の継子? そんなもの時間の無駄だ。辞めてしまえ」

「父上…ですが、」

「煩い。お前にはどうせわからん。何度言っても、のうのうと炎柱の座に居座り続けているお前には!」


 淡々と責めていた声が荒れる。
 杏寿郎を指差し根本から全てを否定するかのような物言いに、蛍は膝の上で握っていた拳を力ませた。

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