第19章 徒花と羊の歩み✔
部屋は十畳程の和室だった。
掛け軸が飾られた床の間に、床脇や書院が組み立てられている。
縁側へと続く襖は開いており、暖かな気候が流れ込んでいた。
綺麗な部屋だ。
しかし整頓とは違い、極端に物がない為だと蛍はすぐに気付いた。
(お酒、臭い…?)
それよりもすぐに蛍の眉を顰めさせたのは、室内に充満する酒の臭いだった。
襖は開けているというのに、鼻に突くのはそれだけ空気が淀んでいる所為か。
部屋の中央には、無造作に枕を転がした布団が一式敷かれていた。
其処には庭を向いたまま大きな酒壺を手にした男が一人、胡坐を掻いて座っている。
着流し姿の男は蛍の知らない者だ。
それでもその背を一目見てわかった。
視界に映える焔色の髪は、杏寿郎と同じもの。
この男こそ屋敷の当主である。
「父上、只今帰りました。息災でしたか?」
部屋に踏み込んだ杏寿郎が、槇寿郎の後ろに座し一礼する。
その隣で蛍も正座すると、緊張気味に息を呑み込んだ。
「千寿郎にも先に会って参りましたが、変わらずしかと家を守ってくれているようで安心しました。兄としてとても誇り高いです」
「……」
「しかし盆に帰省が叶わず申し訳ありません。母上の処にも、改めて足を運びますので」
「……」
「それと九州の美味しい酒を持って帰ってきましたので、ぜひ後で味わってみて下さい」
「……」
(っいや空気が重い!)
はきはきと通る声を投げかける杏寿郎は、いつもの煩いくらいの威勢は殺しているが十分に明るい。
というのに、対する槇寿郎は相槌の一つも打ちはしない。
酒の臭いで淀んだ空気を更にどんよりと重く感じて、蛍は内心頭を抱えた。
そもそも丁寧に挨拶を向けてくる息子に対して、無視とはどういう了見か。
一体どんな顔をして聞いているのかと、庭に向けられ続けている槇寿郎の顔が気になって仕方なかった。
千寿郎のように、杏寿郎に似た顔の造りをしているのか。
だとしたら見るのが少しばかり怖い。
杏寿郎の顔で性格の悪そうな顔をしていたら、直視できるかどうか。