第19章 徒花と羊の歩み✔
「ううん、謝らなくていいよ。自分が鬼だなんて何年も前から自覚していることだし。柱の面々にも、口酸っぱく言われてきたしね。今更気にしない」
「うむ! 蛍は己が鬼であることも納得した上で、俺の継子となってくれた者だ。千寿郎が想像する以上に強い意志を持っていることだろう。だからお前が気に病むことはない」
「兄上…は、はい」
ぽむちと更に杏寿郎の手が小さな背を叩けば、その場の空気は暗くもならない。
杏寿郎の成せることだと頷きながら、蛍は千寿郎に笑顔を向けた。
「私は、千寿郎くんとお話できるなら鬼の話題だってなんだっていいよ。色々お話してみたい」
炎柱の家系なら、鬼の恐ろしさもしかと学んできたはずだ。
しかし鬼と知りながらも、千寿郎は一度も蛍に憎悪や嫌悪の眼差しを向けはしなかった。
千寿郎がその目で捉えたのは、史実の鬼ではなく目の前の蛍だ。
それだけで、歩み寄りたいと思えるには十分な理由だった。
「それは良い! 俺も、蛍と千寿郎が仲睦まじくなれるならそれ程嬉しいことはない!」
心底嬉しそうに告げる兄の声に呑まれて、ぽ、と頬に熱を灯しながら千寿郎は恥ずかしげに俯いた。
「ぼ……私で、よろしければ…」
「うん。可愛い」
「えっ」
「うむ! 愛いな!」
「えぇっ!?」
わたわた、おろおろ。
更に頬に熱を灯す少年の慌て様に、蛍は真顔で、杏寿郎は笑顔で頷いた。
「師範が頻りに可愛いって言ってた意味がわかりました。どうしよう可愛い。可愛いしか出てこない可愛い」
「そうだろう! 迷うことはない、全力で愛でてくれればいい!」
「成程」
「ちなみに蛍、我が家では師弟の姿勢は不要だぞ。今は休暇中だからな!」
「いいの?」
「うむ! ありのままで千寿郎を愛でてくれればいい!」
「御意」
「あ、兄上何を言って…っ彩千代さんも!」
「彩千代さんなんて。蛍でいいよ、千寿郎くん」
「そうだな! 気兼ねなく呼んでやってくれ、千寿郎!」
「わかりましたから! 私のことはいいので二人共そろそろお上がりください!!」
煉獄家に訪れてものの数十分。
草履も脱がずに玄関で宣言する二人に、千寿郎の羞恥声が木霊した。