第19章 徒花と羊の歩み✔
「お酒…でも、父上のお体にはあまりよろしくないかと…」
「その為に、度数は弱めのものにしてある。どうせ飲んでしまうのなら、そちらの方がまだいいだろう?」
「成程…流石兄上ですっ」
「ははは! なんの!」
「…笑い合ってるところ悪いけど」
広い屋敷の玄関だと言うのに、そう思わせないのは賑やかな兄弟がいるからか。
ふふふはははと笑い合う二人の間にそろりと手を差し込むと、蛍はひょいと風呂敷を持ち上げた。
「あっ」
「千寿郎くんにこんな重たいもの運ばせられないよ」
細い少年の腕から風呂敷を取り上げる。
ずしりと両手にかかる重さに、ようやく蛍も中身に納得した。
書物や酒が入っているなら、この重さも頷ける。
食品が入っているなら、地面に転がすことも躊躇するはずだ。
「で、ですが女性に荷物を持たせるなど」
「大丈夫。師範にしっかり鍛えてもらってるし。それに腕力なら自信あるから」
「うむ。彼女の腕っ節の強さは、俺も保証する。安心するといい!」
快活な声を飛ばしながら、杏寿郎の手がぽむちと千寿郎の背を押す。
「だがそれでこそ男だ、千寿郎。代わりに蛍が持っているあの箱を貰ってくれるか。彼女からの土産だそうだ」
「そう、なのですか?」
「え…えっと。う、うん。お口に合うか、わからないけど…」
唐突な杏寿郎の言葉に驚いたのは千寿郎だけではなかった。
それでも咄嗟に口裏を合わせると、蛍もババロアの箱を片手で千寿郎へと差し出す。
「ありがとうございます」
「…いえ」
ちらりと杏寿郎の顔を伺えば、にっこりと笑顔を返される。
てっきり蜜璃への土産とばかり思っていたが、思い返せばそう思い込んでいたのは蛍だけだった。
杏寿郎は一言も蜜璃に宛てるものだとは言っていない。
煉獄家への手土産のつもりで蛍に選ばせたのだろう。
それは杏寿郎なりの心遣いだ。
「でも、そんなに力があるなんて…羨ましい、です。蜜璃さんみたいで」
「蜜璃ちゃんも力持ちだもんね。でも私は体質というより、鬼の力、というか」
「…あ」
蛍が苦笑混じりに伝えれば、失態と感じたのか。はっとした千寿郎が口元を押さえる。
「す、すみません」