第19章 徒花と羊の歩み✔
その想いに応えたいと思った。
「私も、杏寿郎の家族にいつか会いたいなって思ってたから。嬉しい」
「! そうか」
萎縮などしている場合ではない。
しゃんと背筋を伸ばして告げる蛍に、杏寿郎の顔にも普段の明るさが戻る。
「行こっか。千寿郎くんを待たせる訳にもいかないし」
「うむ!──だがその前に一つ」
「ん?」
先に踏み出した蛍を、くんと握っていた手で止める。
杏寿郎のその目は蛍の立ち姿を映し出していた。
「"擬態"を頼む」
「おかえりなさいませ、兄上」
長い塀が取り囲む武家屋敷のような立派な屋敷。
その大きな長屋門(ながやかもん)を潜り、趣のある石畳を通り、ようやく屋敷戸へと辿り着く。
からりと杏寿郎が戸を開けば、玄関先で三つ指をついて両膝を揃え、頭を下げて出迎える千寿郎がいた。
「っ彩千代、さんも。ようこそ、いらっしゃいました」
兄にはきちんとした声をかけていたが、鬼である蛍には緊張が残るのか。小さな頭を上げて辿々しくも名を呼ぶ。
ぎこちなさを自覚して慌ててまた頭を下げる千寿郎の姿を、蛍は竹笠を脱ぎながら凝視した。
(え。可愛い)
見た目は杏寿郎そっくりだが言動から醸し出される雰囲気はまるで違う。
どこか自信なさげに下がる太い眉は大きな瞳に優しい印象を与え、後頭部の高い位置で一つ結びにしている焔色の髪は、揺れるふわふわの先が愛らしい尾のようだ。
言葉遣いから配る視線から常に謙虚さが伺える。
自信に満ち溢れている兄とは真逆の姿勢に、蛍はもの珍しげに千寿郎を見つめた。
「お荷物を、」
「うむ! それより千寿郎、土産だ!」
「ふわっ!?」
荷物を受け取ろうと立ち上がり両手を向ける千寿郎に、杏寿郎が差し出したのは抱えてきた巨大な風呂敷だった。
小さな少年では埋もれてしまう程の大きさだ。
「い、いつもより多いですね…っ」
「ここ最近、帰省できていなかったからな。千寿郎の好きそうな本を何冊か選んできた! 他にも珍しい甘味を発見してな。質の良い生地も同じく見つけたので、千寿郎の袴にぴったりだろうと仕立ててきた!」
「そんなに、ですか?」
「ああ。父上にもあるぞ、上質な酒だ!」