第19章 徒花と羊の歩み✔
「では行こうか」
「え。もういいの? まだ休んでいても…」
「折角買ったんだ。新鮮なうちにな。蛍が持っていてくれないか?」
「あ、うん」
差し出された購入済みのババロアの箱を受け取る。
その間に、杏寿郎は椅子に置かれていた荷物を手にしていた。
「あっだからそれは私が運ぶって…っ」
「大丈夫だ。君にはその菓子を死守して欲しい」
「これ要に運ばせるんじゃないの? って杏寿郎っ」
綻ぶような笑みを浮かべたまま店を後にする杏寿郎を、慌てて追う。
何をそんなに喜ぶようなことがあったのか。
竹笠を深く被り口布を上げながら、蛍は頸を傾げた。
「さあ、もうひと踏ん張りだ。近くに次の駅がある。目的地も遠くない」
「そうなの? じゃあまだ無限列車じゃないってこと?」
「ああ。後一つ、果たさなければならない任があるんだ」
鬼殺隊本部を出発してから、鬼討伐は数えきれない程こなしてきた。
その中には急遽舞い込んできた依頼任務も多く、元々任命されていた任務は数える程だ。
列車で移動する度にその任務を果たしてきた。
後一つと言うのならば、これが最後なのだろうか。
それならばババロアを新鮮なうちに蜜璃へと届けられるかもしれない。
(…次の鬼は、話を聞いてくれるといいけど)
杏寿郎の背を追いながら、蛍はまだ見ぬ次なる相手を思った。
今度こそ、思いが伝わるようにと。
──そう考え込んでいたのが数時間前。
(本当にあっという間だった…改めて列車移動って凄いなぁ)
人の足で移動すれば、丸一日かかっても可笑しくはない。
その距離も文明の利器であれば日の明るいうちに到達できる。
杏寿郎の脚力を持ってすれば、半日でも辿り着けるだろう。
しかし今は繊細な洋菓子を所持している身。
間に急な任務が入らずよかったと胸を撫で下ろしながら、蛍はババロアの箱を両手に駅を後にした。