第19章 徒花と羊の歩み✔
「泣きながら食べたから、ちょっとしょっぱかったけど。でも凄く美味しかった」
ごめんねと謝る姉の目にも光るものがあって、二人して泣きながら食べた代物だ。
それでも初めて口にしたババロアは、知らない触感と味がして、気付けば夢中で頬張っていた。
「泣いてたのに、最後は二人して美味しい美味しいって言って。しょっぱさと甘さが一緒に混じった、可笑しな思い出」
泣いていたはずなのに気付けば笑っていた。
笑顔を灯してくれたのは、冷たくて甘い洋菓子だ。
「だからババロアなら知ってるの。その味。プリンは知らないから。どうせなら自分が美味しいって思えたものを、食べてもらいたいでしょ?」
羞恥の残る顔で、それでもにっと砕けて笑う。
蛍のその表情に、杏寿郎は息を止めた。
「だからお土産にするならババロアがいい」
「……うむ」
止めたのは一瞬だけで。
緩やかに吐息をつくと、杏寿郎の手はババロアを詰めた箱に即座に伸びた。
「店主! この菓子を貰おう! 五十程!」
「いや五十て。流石に多す…ぎでもないか。蜜璃ちゃんなら簡単に平らげそう…」
「では百程!」
「は、はぁ。すみません、そこまで数は置いてなくて…」
何処までも張る声で菓子を所望する杏寿郎に、受付の店員が頭を下げつつ申し訳なさそうに出てくる。
「ぃ、いえっ一つで十分です。ババロアの詰め合わせ、一つ下さいっ」
「む! しかし」
「そんなに沢山、運ぶ要が可哀想だからっ」
「…む」
「だから一つで十分。…あ、もしかして杏寿郎も食べたかった? ババロアのこと知らなかったみたいだし」
「名前は知らなかったが、見たことはある。だが味は知らない」
「じゃあ折角だし此処で食べていく? 私、つき合うよ」
「…いや」
ババロアが詰められた箱を一つ。店員に渡しながら、杏寿郎は頸を振る。
「折角だ。俺一人で此処で味わうより、皆で味わいたい。君と姉君のように」
「…そっか…うん。それもそうだね」
共に食に豪快な杏寿郎と蜜璃が並べば、それはそれは賑やかな食卓だった。
炎柱邸で鍛錬を積み重ねながら二人と過ごした日々を思い出しながら、蛍もまた笑顔で頷いた。
美味しいものを味わうなら一人より二人だ。
そうして、姉と分かち合ったように。