第19章 徒花と羊の歩み✔
手を引かれる程に幼かった蛍には、その我儘がどんなに無茶なことなのか判断できなかった。
店内で美味しそうにプリンを頬張るあの子達は食べることはできて、何故自分はできないのか。自分もあれが食べたい。あれを買って。
ごめんねと謝る姉の手に引かれながら、何度も懇願し続けた。
「それから数週間後だったかな。自分でもすっかり忘れた頃に、姉さんが小さな箱を持って帰って来たの」
家を空けて仕事漬けとなることも多かった姉が、目の下に隈を作り帰って来た早朝。
いつもなら寝ている蛍を起こすことなどないのに、その日は布団に包まっている蛍の枕元に小さな箱を置いて、言ったのだ。
『蛍ちゃん、蛍ちゃん。美味しいお菓子を買ってきたの』
ぷるんと弾む小さな水菓子が二つ。
あの日見たプリンと少し違っていたが、それだと喜ぶ蛍に、姉は笑顔で言ったのだ。
『蛍ちゃんの食べたがっていた、ババロアよ』
「…ばばろあ」
「そう。ババロア」
「ぷりんではなく?」
「ババロア」
幼いながらも、賑わう街への外出はとても魅力的でよく憶えていた。
だからこそ、それは違う、自分はあれが食べたかったのだと頸を横に振れば、姉は顔を青くして大層慌てた。
「私も"あれが食べたい"なんて曖昧な言い方をしていたから悪かったんだけど。あの時は私も幼くて、それは食べたかったものじゃないって泣いたから、姉さんを更に困らせてしまったの。傍から見れば些細な間違いなのに、姉さんにごめんごめんって何度も頭を下げさせてしまって」
「…とても優しい姉君だったのだな」
「うん。私には勿体無いくらい。とっても優しかった」
目の下に隈を作る程に仕事漬けとなっていたのも、今となってはババロアを買う為だったとわかる。
そんな姉の努力を違うの一言で否定した自分を、叱りたい程に。
「では、そのババロアは…」
「食べたよ。姉さんと一緒に」
「食べたのか」
「うん。だってお菓子だもん。それも初めて見る。子供にはご馳走だよ」
しんみりと呟く杏寿郎にあっさりと頸を振って、蛍は落ちる空気を一蹴した。
甘味類を見ていた顔がようやく上がり、杏寿郎へと向く。