第19章 徒花と羊の歩み✔

　爛々と光る目で呼ばれて、仕方なしにと蛍も席を立った。
　杏寿郎の隣に並んで見れば、成程と蛍も目を瞬く。
　売り物として並んでいる甘味類は種類も豊富で、馴染みある饅頭や水飴から、カステラやクッキーなどの西洋菓子まで置いてある。
　何気なく立ち寄った甘味処は、意外にも穴場だったのかもしれない。


「ハイカラなものも随分あるんだね。美味しそう」

「甘露寺が此処にいれば飛び上がって喜んでいただろうな」

「ふふっ言えてる」


　くすくすと笑いながらも蛍も興味を惹かれて、前屈みに並ぶ甘味類を見渡す。
　その様子を視界の隅に捉えながら、杏寿郎はふいに問いかけた。


「蛍があげるとしたら、どれがいい？」

「蜜璃ちゃんに？　いいね、お土産。喜んでくれそう」

「ぜひ選んでくれ」

「うーん…蜜璃ちゃんならどれも喜んでくれそうだけど…でもそれなら保存が利くものの方が」

「いざとなれば要に届けさせることもできる。気遣いは無用だ。蛍があげたいものを選んでくれるといい」

「そう？　それじゃあ…」


　他人の為にとなると、より悩む。
　色々と吟味した結果、蛍は一つの甘味を指差した。


「じゃあ、これで」

「ふむ。これは…ばばろあ？」

「うん。ババロア。まだ暑さも残る季節だし、こういうお菓子の方が食べ易いかなって」


　ぷるんと柔からな触感を持つババロアは、西洋菓子の一つ。
　カステラに並びハイカラな洋菓子だが、西洋文化に富んだ家なら家庭菓子として作られることもある。


「成程。それならばこのぷりんや、ぜりーなんかも…？」


　杏寿郎の声を止めたのは、控えめに袖を引く手。
　見下ろせば、蛍の指先が杏寿郎の袖の隅を握っていた。


「…プリンはね、昔、小さい時に街に出かけた先で見たことがあって。ハイカラで人気もあるお菓子でしょ？　食べたいって駄々を捏ねたの。姉さんに」


　視線を上げれば、蛍の顔はこちらを向いてはいなかった。
　並ぶ甘味類を見つめたまま、ぽつぽつと過去を落としていく。


「でも持ち合わせじゃプリンは買えなくて。それでも凄く食べたくて我儘を言ったから、姉さんを困らせてしまって」