第19章 徒花と羊の歩み✔
欠けた月を背景に、高く飛び上がる鴉は人の追う速度など気にしていない。
否、杏寿郎だから気にしていないのだろう。
「甘露寺、隊士諸君! 皆無事に使命を全うするように!」
「それじゃあ、また」
「う、うんっいってらっしゃい!」
ぶんぶんと手を振る蜜璃に見送られ、先に踏み出したのは杏寿郎だった。
ふわりと羽織を風に靡かせたかと思うと、地を蹴り森の中を走り抜ける。
突き抜ける突風の如く、木々を揺らし土を舞い上がらせ、その姿は突如として消え去った。
蛍もまた全集中の呼吸で息を整えると、みしりと爪先に力を込める。
その足で地を蹴れば、影を纏う姿は炎柱を追い宵闇に消えた。
「すげ…」
「さっき任務こなしたばかりなのに、もう次か…人間業じゃないな…」
「一人は人間じゃないだろ。鬼だし」
「俺、あの鬼と目合っちゃったよ……別に怖くなかったけど」
「本当かあ? なら話しかけりゃよかっただろ。俺なんて会話したぞ」
「話しかけられたの間違いだろ。仲間の手当て頼まれただけだし」
「そうそう。村田を見習え。お前、吃ってたし」
「あ、あれは炎柱様の圧に驚いてだな…!」
業火の如く現れたかと思えば、消し炭も残さず去りゆく。
柱と鬼を見送る隊士達がわあわあと騒ぐ中で、蜜璃は一人眉を下げた。
「いっちゃった…」
別れによる哀しみではない。
一つ、どうしても気にかかることがあった。
「お菓子だと思ったのになぁ…」
「ソンナニ気ニナルノ?」
「麗ちゃん」
ぱたぱたと肩に下りてくるは、蜜璃の鎹鴉である麗だ。
「だって、絶対絶対お菓子だと思ったの」
「ソレハ蜜璃チャンガ食ベタイモノジャナイノ?」
「そ、それは…っ今は違うから!」
ほんの少し恥ずかしそうに頬を染めながら、蜜璃は頸を横に振った。
自信はあったのだ。
師弟関係である杏寿郎と共に過ごした日々は、決して短くはない。
蜜璃程甘い物好きではないが、それでもさつま芋を使った甘い菓子が大好物な杏寿郎のことは、よく知っている。
そして何より。
「あの荷物ね、少しだけ匂いがした気がしたの」
「匂イ?」
頭の花飾りを揺らして頸を傾げる麗に、うんと蜜璃は頷いた。
「なんだか、甘いお菓子みたいな匂い」