第19章 徒花と羊の歩み✔
「オレは一隊士だから、柱の任務には指令がないとついていけないけど…まあ、その」
「?」
「命は、大事に…しろよ」
鬼を滅するだけでなく、談判までするとあらば人であれば命が幾つあっても足りない。
柱である杏寿郎と、鬼である蛍だからこなせていることだ。
だからと言って、鬼である蛍に命は大事になど。
告げた後に可笑しな会話だとも思ったが、時既に遅し。
再びきょとんとした顔で蛍が目を瞬いた。
「彩千代蛍」
「は?」
「私、彩千代蛍っていうんです」
また礼でも言われるのか、はたまた笑われるのか。
どんな応えがくるのかと内心はらはらしていた村田は、予想外の返答に戸惑った。
何を言うかと思えば。
鬼でありながら鬼殺隊に所属している彼女の名前は、隊士なら誰もが知っている。
「だから君じゃなく、名前で呼んでくれると嬉しいです。村田さん」
ほんの少し照れ臭そうに催促する。
そうして告げる蛍の姿にはどこにも鬼の脅威などなく、村田はドキリと胸を打った。
(いや鬼相手に! ドキリとするなよ!?)
そんな自分に内心叱咤したが、嫌だった訳ではない。
「じゃあ、彩千代、な。彩千代」
「はい」
恥を払うかのように、彼女の名を呼ぶ。
すると心底嬉しそうに返事をするものだから。
何故だか直視できずに視線を逸らした。
「なんだか見ててきゅんきゅんするわぁ…♡」
「…む。」
そんな二人を見守っていた蜜璃の呟きに、杏寿郎は隣で声を詰まらせた。
声をかけるべきか。
しかし折角蛍が隊士と交流を深めているのに、邪魔をするのは如何なものか。
むむ、と考え込む杏寿郎の肩で羽を休めていた要は、そっぽを向くと小さな小さな溜息をついた。
そんな翼を持つ相棒の反応など露知らず。腕組みをしたまま暫く口を結んでいた杏寿郎だったが、答えが出たのは現在の状況。
「蛍ッ!!」
「きゃっ」
「わっ」
「次の任務がある! ゆっくりはしていられない!!」
「は、はいっ」
笑顔を浮かべて入るが、びりびりとその場に響く杏寿郎の大声に驚いた鎹鴉達が飛び立つ。