第5章 柱《弐》✔
「なぁ、猫」
「……は?」
しかし覗き込む男が呼んだのは、人の名などではない。
愛玩動物を指し示す名に、蛍の顔が固まる。
「仔猫でもいいか。お前、チビになれるもんな」
「違う。私は猫じゃない」
「猫だろ。可愛く鳴けるなら優しくしてやってもいたい痛い噛むなっつの!」
顎を撫で上げるように指で擦られると、ぞわりと悪寒が走る。
堪らず唯一反抗できる口で、がぶりとその指に噛み付いた。
「たく! 俺の指をこれ以上減らす気かよッ」
「変なこと言うそっちが…」
手足のない状態では、天元の膝から逃げることすらままならない。
それでも睨み上げる蛍の目が、欠けた二本の指を見て止まった。
天元の包帯が巻かれた左手には、あるはずのところに指がない。
薬指と小指だけがぽきりと欠けて不可思議な形をしている。
「…その、指」
「あの爆発で吹っ飛んだ。ま、これくらいで俺の柱としての実力は軽減したりしねぇけど」
「……」
「そんな辛気臭ぇ顔すんな。こっちが損した気になるわ」
「ぃたっ」
ぺしんっと大きな手に額を叩かれる。
見上げた天元の顔は、その言葉通り一つも感情を軽減させたりはしていない。
いつもと微塵も変わらぬその態度に、まじまじと蛍は目を向けた。
(…やっぱり、"柱"だ)
実力だけではない。
その確固たる地位に見合った力量や度量も持ち合わせている。
彼が平気だと言うのなら、本当に平気なのだろう。
変に気遣う表情を一瞬でも見せてしまった自分の方が、恥ずかしいと思った。
「冗談も通じねぇ奴だし、仕方ねぇか」
「冗談って…」
「彩千代蛍、だろ」
「!」
「俺の耳は一度聞いた女の名は忘れないんでね。蛍、これで満足か?」
「……」
「なんだァ? また素っ頓狂な顔して。固まるの好きだなオイ」
「……彩千代」
「あ?」
「彩千代、でいい…」
「名前じゃ恥ずかしいってか?」
「彩千代っ」
「やなこった。蛍の方が呼び易い」
「彩千代! もしくは彩千代様!」
「ああ"!? だから誰が様付けて呼ぶか阿呆言ってんなよ!!」
「自分が言うそれ!?」