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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第5章 柱《弐》✔



 落ちる風鈴。
 カシャンと響く音。
 硝子に刻まれる罅。

 何故かその一連の動きが酷くゆっくりに見えて、爆発までに巡ったのは"死"への直感。
 それは自分の死だったのか。
 それとも天元の死だったのか。
 蛍自身理解できていなかったが、それでも襟を掴む手が緩んだ隙に飛び出していた。

 風鈴を囲うように小さな体で包んだ瞬間、熱い衝撃を浴びたのだ。


「なんで俺を庇いやがった」

「……」

「答えろ。敵に情けを掛けられて喜ぶとでも思うか」


 切れ目の瞳が冷たさを帯びる。


(…庇う…?)


 目の前の男を庇おうとしたのだろうか。
 確かに人である天元は、体を失えば取り戻せない。


(…違う)


 しかしあの時、敵に情けを掛ける程の余裕などなかった。
 無意識に体が動いていたのは、恐らく。


「……土下座」

「?」

「死んだら、土下座して貰えない」

「あ"?」


 ぽつりと答えを導き出した蛍に、天元の悪態が向く。


「いい度胸だなお前」


 すぐ目の前で威圧を放つ男に、蛍の目はそれを捉えてはいなかった。
 下唇を噛んで視界を閉じる。
 思い出したのは、血に塗れて微笑んでいた姉の顔。


(死ねるとでも、思った、の)


 何かを考えるだけの余裕はなかった。
 ただ直感でしか動いていなかった。
 そこに望む思いがただ一つでもあるならば。

 それは、鮮明過ぎる夢に見た姉との再会なのか。


「……」


 目の前の天元の存在など忘れたかのように、険しい表情で唇を噛む蛍は何を思うのか。
 その空気に溜息をつくと、天元は高圧的な視線を止めた。

 土下座を求める為だけに体を張ったりはしないだろう。
 こんなにも自分の体の損傷に恐怖するならば尚更だ。


「…仕方ねぇな」


 ガシガシと頭を掻きながら、天元は観念したように頭を下げた。
 今一度蛍の顔を覗き込む。


「今回の勝負は引き分けだ。お前は体を失ったし、俺は身代わりを失った。土下座はしねぇが鬼呼びくらいならやめてやる」


 予想外の結果に蛍の目が丸くなる。
 しかし不思議と納得もした。
 何かと鬼である蛍に厳しい目は向けていたが、杏寿郎が筋の通った話をすれば呑み込めていた男だ。

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