第19章 徒花と羊の歩み✔
「さ…さっきは、その…」
辿々しさが残るような声で蛍を呼んだのは剣士の一人。
唯一鬼に向かって刃を振るっていた男だった。
「(あ。確か…)村田、さん?」
「なんでオレの名前…」
「炭治郎が話してくれたから。那田蜘蛛山での任務の話」
「ああ…みっともない結果しか出せなかったけど」
さらりと靡(なび)く綺麗な黒髪に、人が良さそうな塩顔の男性。
その顔が陰る様に、蛍は慌てて頸を横に振った。
「そんなことっ炭治郎は、村田さんが体を張って仲間を助ける任に一人で向かってくれたって。だから自分は鬼に集中することができたって、そう言ってました」
「…あいつらしいな」
下弦の伍、累。
十二鬼月に入る彼の配下である、操り糸を血鬼術とする女型の鬼。
その糸に操られ攻撃してくる複数の仲間を、たった一人で救う為に立ち向かったと言う。
自分も鬼殺隊の剣士だと、此処は任せて先に行けと。
炭治郎から聞いた村田の姿が偽りのないものであったことは、先程の鬼に立ち向かう姿で十分に理解できた。
聞いたままを口にすれば、苦笑ながらも村田に笑顔が戻る。
階級は知らないが、炭治郎よりも長く鬼殺隊に属している剣士だ。
彼の命を取り留めたことにも安堵しながら、蛍は荷物を背負い直した。
「その話も色々聞きたかったですけど。私、次の任務があるので」
「あっ待ってくれ。お礼ちゃんと言ってなかったから」
「お礼?」
「さっきオレを助けてくれたの、炎柱様だけじゃないだろ?…あの影…」
ぽりぽりと頭を掻きながら、言い難そうにも礼を告げる。
村田という人物を他者から聞いた話でしか知らなかった蛍だが、その姿だけで十分だった。
『偶に伊之助と喧嘩することもあるけど、とっても良い人なんだ! 禰豆子のことも、悪い鬼じゃないならって受け入れてくれたから』
村田のことを口にする炭治郎は、始終優しい顔をしていた。
等しく纏う色も優しいものだった。
それが答えだ。
「…影鬼って言うんです」
「かげ…おに?」
「私の血鬼術の名前。師範が付けてくれたんですけど。初めて村田さんに見せたのは、節分の時ですよね」
「ああ…うん」