第19章 徒花と羊の歩み✔
「で、でも、私、伊黒さんを前にすると、前みたいに上手く話せなくなっちゃって…」
「そっか。それだけ蜜璃ちゃんの想いが大きなものだってことだね」
「そう、なのかしら…? 私は普通に伊黒さんと楽しくお話していたいのに…」
「蜜璃ちゃんはそのままの蜜璃ちゃんで大丈夫だよ」
「そう、かしら……そうだわ、蛍ちゃん」
「うん?」
「蛍ちゃんは、最初冷たかった伊黒さんをあそこまで踏み込ませた女の子だから。その方法を私にも教えてくれないかしらっ」
「え…いやそれは(今でも十分冷たいと思うけど)」
再び、がしりと両手を蜜璃に握られる。
きらきらと羨望の眼差しを向けてくる蜜璃に、蛍は喉元まで出かかった言葉を呑み込んだ。
自分に向けられている小芭内の気持ちは、蜜璃へと向けられているものとは天と地程の差がある。
自分を手本にするなどお門違いだ。
しかし縋るような蜜璃の表情を見ていると、そんな言葉は吐けるはずもなく。
今まで逃れようとばかりしていた手を、初めて応えるように握り返した。
「私に何ができるかわからないけど、不安なら一緒に考えよっか。蜜璃ちゃんの為なら、いくらでも協力するから」
「ほ、蛍ちゃん…」
笑顔で誘う蛍に、蜜璃の瞳がじわりと潤う。
茶会はできないが、茶菓子を楽しむ代わりにその淡い恋心の励ましはできる。
蜜璃が望むならいくらでもつき合おうと蛍が心に決めた時だった。
「ガ!」
「痛いッ」
がつんと頭に知った衝撃が走ったのは。
「いった…女子の恋バナ遮るなんて男の風上にも置けないぞ政宗…」
「カァア! 任務! 依頼!」
恨めしく見上げれば、頭上をバサバサと真っ黒な羽根を広げて叫ぶ鴉が一羽。
「道草! 笑止! 怠惰! 愚鬼!」
「わかったわかったから。単語で罵声飛ばしてくるのやめて。結構胸に突き刺さるから」
単語を並べて話す癖は、政宗ならではのものだ。
要や寛三郎とは違い、接続語を用いて会話をすることは苦手らしい。
隊士の鎹鴉としてまともに就いたことがないことも理由だろうが、如何せん率直過ぎてぐさりとくる。