第5章 柱《弐》✔
「痛むなら言え。また麻酔薬を貰ってきてやる。胡蝶のぶっ太い注射器付きだけどな」
「…ぅ…」
「笑顔で打ってくるんだぜ、あいつ。俺もやられたけど」
密着した背中から消毒液の匂いがした。
その合間に僅かに感じた人の匂い。
太い腕が蛍の体を支えるようにして包んでくる。
煩いとしか感じていなかった天元の声を、今は何故か耳にしていたかった。
その声に耳を貸していれば、恐怖が紛れる気がして。
「絶対サドだな、あいつは…あ、サドってのは欧米の言葉で加虐嗜好ってことだ」
「……」
「お前も色々やられたんだろ? あいつ、お前を研究対象にするって言ってたし」
「…っ」
「(っと、まずった)…あー…まぁなんだ、とにかく痛覚に異変があったら言え。この屋敷で一番の怪我人はお前なんだからよ」
「……の…」
「あ? なんだ」
「…胡蝶…しのぶも、此処に、いるの…?」
強張ったまま微かに震え続ける体。
問いの意図を感じ取ると、天元はふっと息を吐いた。
「いねぇよ。今此処にいるのは、俺とお前だけだ」
「……」
「嘘じゃねぇぞ。つく必要もねぇしな」
その言葉を真実と認めた結果なのか。ようやく震えを鎮める蛍に、天元は抱いていた腕を緩めた。
視界を覆っていた掌をゆっくりと外す。
「落ち着いたか」
「……」
「だから見んなって。また怖がっても世話なんて焼かねぇからな」
「ぅっ」
しのぶに打たれた麻酔のお陰か、鈍い感覚はあるものの激痛はない。
それでも気になってしまい彷徨(さまよ)う蛍の目線。
それを遮るように、膝に寝かせた蛍の顔を無理矢理に向けた天元が覗き込む。
「ったく。爆薬に突っ込む度胸はある癖して、変なところで臆病な鬼だ」
「…突っ込ん、だ…?」
「憶えてないのかよ」
言われるがまま記憶を辿る。
麻酔の所為で多少朧気ではありつつも、天元の言葉に蛍はあの時の出来事を思い出せた。