第19章 徒花と羊の歩み✔
なんとなしに蛍の視線が下がる。
がさりと高い木の枝が揺れたのは、その時だ。
「見つけた!」
木の葉が折り重なる枝の合間から飛び出したのは、日輪刀を手にした剣士。
その目は蛍を見据えており、体をしならせ真上から斬り込んだ。
驚いた蛍の顔に、瞬く間に剣士の影がかかる。
即座に反応した杏寿郎は日輪刀の柄を握るも、抜刀には至らなかった。
それもそのはず。
「覚悟…ぉ?」
思わず尻餅を着く蛍に馬乗りになった剣士が、振り上げた日輪刀を止める。
月明かりに照らされた蛍を見て、その目が丸くなった。
若葉色の瞳の下には揃いの泣き黒子。
纏う淡い撫子色を前に、蛍もまた目を止めた。
「蜜璃、ちゃん…?」
「蛍ちゃん…!?」
同時に互いの口から漏れた名は、よく知る名だったのだ。
「まさかこんな所で蛍ちゃんに出会えるなんて!」
「う、うん。吃驚…しました」
満面の笑みで抱きしめてくる蜜璃の抱擁を受けながら、蛍は柔らかな胸の間から可憐な笑顔を見上げた。
訊けば、蜜璃も緊急の知らせを鎹鴉から受けてこの場に駆け付けたのだとか。
偶然にも蜜璃の巡回地区に、杏寿郎と蛍の助太刀が重なった結果らしい。
「煉獄さんもお久しぶりです! 鬼退治も完了させてくれたみたいで…っ流石師範! 迅速で助かります!」
「うむ! 甘露寺も元気そうで何よりだ!」
「見ろよ、恋柱の甘露寺様だ…」
「可愛いなぁ…」
「俺、だからこの巡回地区希望したんだよ…」
蛍には臆していた剣士達も、ほんわかとした笑顔が似合う蜜璃の前では空気も和やかとなる。
その中には手傷を負わされた剣士達もいて、意識を取り戻したことに蛍は胸を撫で下ろした。
鬼をまた救えなかったのは哀しいことだが、人の命を救えたことは純粋に喜ばしいことだ。