第19章 徒花と羊の歩み✔
ぱたた、と地に降り落ちる真っ赤な血。
「俺も鬼の試し斬りなどはしたくない」
それは蛍の背後から聞こえた。
蛍の横顔擦れ擦れを通る刃が、突き刺さっているのは男の喉元。
外から突き立てられた刃に、ざあっと周りを囲っていた影が宵闇に散る。
「斬るなら、その命を断ち切る時だ」
闇に爛々と光る炎のような目が二つ。
蛍の背後から鋭い眼光を向けたまま、杏寿郎は鬼の再生した両脚を目で捉えた。
「時間だ」
「待っ」
「ギャッ!」
男の喉を突き抜いていた刃が、横一閃に薙ぎ払われる。
胴と頭を切り離された鬼は、短い悲鳴を上げて夜空を舞った。
ごとんと転がり落ちる頭に、ひぃ!と周りの隊士達から悲鳴が上がる。
刃に付いた血をひゅんと振り払うと、今度こそ役目を終えた刀を杏寿郎は鞘へと収めた。
「や、やった…」
「鬼を倒せた!」
「たった一振りで…! 流石炎柱様!」
「…待ってって言ったのに」
望んだ鬼の死に、周りの空気が途端に明るく変わる。
ただ蛍だけは、不満げな視線を杏寿郎へと向けていた。
「時間は時間だ。その中であの鬼は意見を変えなかった。故に斬った」
「それはわかる…っります、けど。その時間が短過ぎるというか…そんな短時間で説得させられる程、私は口達者じゃありません」
「最初に決めたはずだ。鬼の体の再生の合間だけ、目を瞑ると。そもそも蛍の頸を折ろうとした鬼に最早談判など意味はない」
「その前に相手の手首を折るくらい、私にもできます。だから話の途中で日輪刀ぶっ刺してくるの一回止めてもら」
「無理だな!!」
「それ! その皆まで言わさず感! 前回もそれで話の途中で相手の顔面に刃突き立てましたよね!?」