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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第19章 徒花と羊の歩み✔



「…は。そんなもんなくたって、これくらいすぐに生えてくる」


 それでもすぐに男の口は歪み嗤った。
 その為に望んだ鬼化だ。
 ひ弱な人間のように、薬などに頼らずとも生きていけるように。


「あの男の刀もナマクラだ。こんなもん痛くもねェよ」


 不意を突かれてしまったが、どうせ失った脚もすぐに生えてくる。
 時間の問題だ。
 実際に男の脚は、斬られた時に比べ痛みは尾を引いていない。


「…杏寿郎の刀は、憎しみで鬼を斬っていないから」


 差し出していた薬包を下ろす。
 嗤う男を前にして返す蛍の言葉は、言い聞かせる為のものではなかった。


「柱として守るべきものの為に斬っているから。だから無駄な痛みは与えない」

「はァ? なんだアその綺麗事」

「綺麗事じゃないよ」


 迷いなく振り下ろされる杏寿郎の刃には、ただただ悪鬼を滅し世界を救うという使命感が宿っている。
 例えそれが鬼の頸を斬る行為だとしても、それは殺しの為の行為ではない。
 守るべきものの為の行為だ。


「私も、その刃なら受けたことがある」


 それを蛍自身、身を持って知っていた。

 一瞬で鬼を丸ごと食らい尽くす程の巨大な炎。
 蛍の腕を食い千切った炎虎は、決して痛めつけ嬲(なぶ)るような炎ではなかった。

 人と共に生きていながら、日輪刀の味も知っているという。
 蛍の言葉に驚きを隠せずに、鬼は口角を尚も歪み上げた。


「は、ははは…ッ! なんだ、結局お前も鬼扱いしかされてねェじゃねェか!」

「違うよ」

「何が違うってんだ。何が人間と生きてるってんだ。そりゃア生かされてるだけだなア! 斬ったってすぐに再生する俺らの体なら、試し斬りくらいにはなるだろうよ!」


 めきりと、男の両脚の断面が盛り上がる。
 鋭い爪を添えた足が地面に付いた時、既に男は地を蹴り上げていた。


「俺はンなもん、ごめんだ」

「っそんなんじゃ」


 ない、と伝えようとした言葉は、ざくりと皮膚を断ち切る音に掻き消された。
 蛍の頸を根っこから掴み上げる男の太い指。
 鬼の腕力を持ってすれば、簡単に女の頸などへし折ることができる。

 鋭い爪で、引き裂くことも。

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