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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第19章 徒花と羊の歩み✔



 人影は悪鬼の足元に伏せていたはずの三人の剣士達だった。
 村田が気付く暇もなく、彼らを軽々と担いで移動していた女が静かにその場に寝かせていく。
 口元に耳を傾け、怪我を観察し、命に別状はないと頸を横に振る。
 その目は対峙していた悪鬼のように、血に染まる縦割れの瞳孔。

 悪鬼と等しく鬼である女は、同時に炎柱の継子でもある。


「でも応急手当てはしないと。あの、すみません」

「お、俺?」

「はい。ここに少しですが医療具があるので、この人達を任せていいですか。鬼は私と師範とで相手をします」


 蛍に指名された剣士の一人が、戸惑いながら蛍と杏寿郎の顔を交互に見やる。
 うむ!と頷く杏寿郎の一押しにようやく決断できたのか、恐る恐る寝かされた同胞の下へと向かった。

 欠けた月に重なる二羽の鎹鴉。
 緊急の伝達が間に合ったのだろう。

 炎柱の登場に、その場にいた剣士達はほっと安堵の空気を漏らした。
 手こずっていた鬼退治はこれで果たせるはずだ。


「機会は一度。猶予は鬼の再生が終わるまでだ」

「御意」


 しかし赤い炎刀は悪鬼を斬首しない。
 身を退く杏寿郎に代わるように蛍が鬼の前へと踏み出す。
 継子である彼女に頸を取らせるのかと村田は見守ったが、同時に疑問を抱いた。


(日輪刀がないのに、鬼の頸が取れるのか?)


 見たところ蛍は刀を所持していない。
 どうやって退治するのかと口を開いた時、蛍の足元からざわりと影が舞い上がった。
 うねる漆黒の波のように、蛍の足場を中心に波を広げたちまちに蛍と這いつくばる鬼を覆っていく。
 やがてすっぽりと飲み込んだ影の山は、息を呑む剣士達の前で動きを止めた。


「あ、あれは、何を…」

「談判だ」

「談、判?」


 予想もしていなかった単語に村田の声が裏返る。
 その場にいた隊士全員の気持ちを代弁するかのような反応に、杏寿郎は日輪刀の柄に手をかけたまま強い双眸を向けた。


「君達にこれ以上傷は負わせないと俺が約束しよう。それに免じて少しだけ猶予をくれ」

「猶予って…何故ですか? 相手は鬼ですよ! 早く頸を斬らないと…!」


 下手したら仲間は死んでいた。
 その命を奪おうとした悪鬼に何を談判することなどあるのか。

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