第19章 徒花と羊の歩み✔
ざくり、と肉を断ち切られる感覚。
「ぎゃ…ッ!?」
しかし村田ではなく、目の前の鬼の口から悲鳴は上がった。
飛び散る赤に、宵闇より深い黒。
それが鬼自身の血飛沫と、見知らぬ影だと気付いた時、村田と鬼の間には別の人物が立っていた。
「危機を間近にしても己の刃を離さなかったか。感心なことだ!」
まるで夜の闇に映える灯の如く。
眩い金の髪を揺らし、男は其処にいた。
「だがその命を失くしては刃も握れまい。己を大切にすることだ」
「え…炎柱様…?」
唖然と見開く目で村田が見たのは、一度見たら忘れはしない風貌の持ち主。
炎柱の煉獄杏寿郎。
「うむ」
振り返り、にこりと笑う杏寿郎が、己の日輪刀をチンと鞘に戻す。
何故鬼を前にして刃を収めるのか。答えは訊かずとも目の前にあった。
「あ、足ィ! 俺の足がア…!」
「甚振(いたぶ)る趣味などないのだが、君をこの場から逃がさぬ為だ。少しの間、辛抱してくれ」
杏寿郎の日輪刀によって腿から下を切断された鬼が、地べたに這いつくばる。
綺麗な切断面は焼け焦げたような跡を残し、鬼の再生力を持ってもすぐに治りはしない。
下から睨み上げる鬼にも笑みを返し、杏寿郎は後方へと呼びかけた。
「蛍」
その名は村田にも聞き覚えがある。
呼応するかのように、村田の周りをぞわぞわと漂っていた影の波が退く。
「これは…あの、鬼の…」
鬼殺隊の節分行事で垣間見た、薄気味悪い血鬼術。
それによって札を取られたことのあるその場の剣士の誰もが、知っていた。
炎柱の継子であり、人と立ち並び生きている鬼の女の術だと。
(守って、くれた、のか?)
杏寿郎の登場も鬼の血飛沫も奇妙な影も、村田には一瞬のことで状況は把握し兼ねた。
ただ、迫る鬼の牙が己に届かなかったのは、杏寿郎の一振りだけではない。
「他の者達は」
「大丈夫です。皆、息はあります」
唖然と立っていた村田の耳に届いたのは、杏寿郎に応える女の声。
杏寿郎が村田越しに目を向ける後方。
その視線の先を追えば、鬼から離れた木影に人影の山があった。