第19章 徒花と羊の歩み✔
欠けた月が見下ろす獣道。
月明りだけが頼りの暗い森の中で"それ"は四方を囲まれていた。
"滅"の字を背負った複数の剣士が、日輪刀を手に頸を取らんとそれを囲む。
数は圧倒的に劣勢だというのに、それはにたにたと口元を歪め嗤っていた。
「わざわざ餌になりに来るとは。面倒が省けて助かる」
唇からはみ出る程の鋭い牙に、血に染まったような縦割れの瞳孔。
鋭く尖った爪先に、肌は驚く程青白い。
鬼殺隊が滅すべきとしている、それは鬼だ。
しかし周りを囲む剣士達が青褪めているのは鬼の姿にではない。
その鬼の全身を染めたかのような返り血の姿故にだった。
「愚かな鬼狩りが一つ、二つ、三つ。さて、次は誰が来る?」
嗤う鬼の足元に転がっているのは、息も絶え絶えな血に染まる鬼殺隊の仲間。
鋭い爪で引き裂かれ、牙で骨を砕かれ、血を噴き出しながら次々と伏せていった。
「来ないならこちらから行くぞ」
「く…くそ!」
嘲笑う鬼に煽られた訳ではない。
仲間を血に染められて尚、震えることしかできない己の弱さに嫌気が差して、飛び出したのは一人の男だった。
齢(よわい)二十一、名は村田という。
幸薄そうな塩顔は、今は闘志を燃やさんと目の前の鬼を睨み付けていた。
(水の呼吸、壱ノ型!)
鬼の頸目掛けて振るった日輪刀が、がきんと止まる。
「ッ!?」
「弱い。弱い弱い弱い! 鬼狩り様はそんなもんかア!?」
あっさりと鬼の手で止められた刃は、鷲掴まれているというのにその皮膚を斬り裂くこともできていない。
己の弱さに絶望から崩れ落ちそうになる。
それでもがくがくと震える足を踏ん張り、村田は歯を食い縛った。
(諦めるな! まだ皆がいる! オレ一人が倒されてもまだ…!)
果たしてそうだと言い切れるのか。
足元に転がっている仲間のように、此処にいる鬼殺隊は全員同じ道を辿るのではないか。
那田蜘蛛山から命からがら生還し、再び任務に赴けたというのに。
あの時は折れなかった心が、目の前で高嗤いをする鬼を見て揺れる。
「お前が四つめだ」
大きく牙を剥いた鬼が、村田目掛けて食らい付く。
日輪刀は鬼に鷲掴まれて引き抜けない。
その場から退くことも進むこともできずに、目の前に迫る牙に村田は動くことができなかった。