第18章 蛹のはばたき✔
「神使(しんし)でも、白狐様を怒らせはると祟られる言われるし。あんちゃん、後始末した時ちゃんとお供えもんして手ぇ合わせたか?」
「え? いや、そんなことする暇はなかったけど…戦闘後の石段とか鳥居の修復が大変で」
「むぅ…面目ない」
「あかんなぁ。そないなことやと白狐様に祟られるで」
「おい。冗談でもそんなこと言うなよ」
からかうようにニヤニヤと笑う清に、その場の空気は深刻なものでもない。
「…大変」
しかし少年の言葉を深刻に受け取った者が一人。
実際にその目で白狐を見た蛍だ。
「あ、油揚げ…用意しないと」
「油揚げって。そりゃ確かに"お稲荷様"だけどさ」
「私、二度も助けられたのに。お礼、してない」
「そうなのか?」
「だ、だから出てきたのかも…っ祟られる! 油揚げ!」
「…おい。坊主が変なこと言うからだぞ」
「お、オレは別に…」
「何処かに油揚げ…っ藤の家ならあるかな…!?」
「うむ。蛍が助けられたとあらば、俺も礼をせねばな」
顔を青くする蛍の様子に、納得した杏寿郎が声を上げる。
「蛍。しかと掴まっているように」
「え? わっ」
「後藤君! 清少年!」
「なん…ぉわっ!?」
「へぁっ?」
「善は急げだ。藤の家まで、多少の荒さは目を瞑ってくれると助かる!」
不意に蛍の体を支えていた杏寿郎の腕が離れる。
慌てて頸にしがみ付く蛍をそのままに、杏寿郎は右手で後藤の脇を抱え、左手で清を肩に担ぎ上げた。
「では行くぞ」
「ま、まま待って下さい炎柱様! まさか…!」
「な、なん、なん…っ」
「き、杏寿郎…落ち、る」
「いざッ!!」
三人の体を軽々と担いだまま、ぐぐ、と足腰を屈める。
掛け声と共に人混みの多い道を避けるようにして、それは群青色の夜空を高々と舞い上がった。
「いぎゃー!! 行くなら一人で行って下さいぃいい!!!」
「ひぇえええッ!!」
「お、落ち、落ちる…!!!」
屋根伝いに駆けては飛び移る。
常人の目では追い付けない速さで突き抜けていく炎の渦のような光からは、男女の悲鳴が響き渡っていたという。