第18章 蛹のはばたき✔
「此処は稲荷神が祭られてる場所や。その神使としてお稲荷さんがおる。オレ達は白狐(びゃっこ)様て呼んどるけど…それぞれに咥えとる物で崇敬(すうけい)が変わんねん。稲穂は五穀豊穣(ごこくほうじょう)。巻物は知恵。鍵は願望。ほんで玉」
「玉…?」
「宝玉やな。金の鈴みたいな」
清の言う通りだった。
白猫が咥えているものが当て嵌まることに、蛍は目を丸くする。
凝視するように再度猫を見れば、人が行き交う足並みの中。じっとこちらをまるで見ているかのように、後ろ足を下げて背を丸くして座っている。
それはまるで背後に立つお稲荷様の石像と同じ姿をしていた。
その石像にもまた、金色の宝玉が咥えられている。
「玉は霊徳(れいとく)の象徴言われとる。玉と鍵とで陰と陽を表し、万物の創世の理を示してんねや」
まさか。
疑惑と困惑で見つめた猫の姿が、人々の足並みによって隠れては現れる。
変貌はその合間に起こった。
愛らしい丸みを帯びた猫の顔が、鼻先を伸ばし目をつり上げる。
三角耳が尚尖り、細い尾が忽ちに白く大きな尾へと変わる。
「お稲荷、さん…?」
其処にいたのは猫の姿ではない。
真白な毛並みを持つ狐の姿だったのだ。
一瞬垣間見た姿に、あ。と声を漏らした刹那。
狐の姿は、足並みに紛れた途端に消え去った。
「蛍?」
「…消えた」
「消えたって、その猫が?」
唖然と呟く蛍の目に、もう白い小さな生き物の姿は見つけられない。
狐だったのかさえ朧気な程に、一瞬の出来事だった。
「おい。坊主が変なこと言うから」
「けったいやあらへん。鬼が出る世の中やし、神様がおってもおかしないやろ。元々此処は神域やし」
「少年は信じているのか? その白狐と言うものを」
「元々そないな類の話は、昔から此処らにはありましたし。白狐様にとっても気分ようなかったんでしょう。自分の住んでる場所を、余所者に荒らされるのんは」
白い狐が消え去った、後ろに佇むお稲荷様の石像。
風格あるそれはただの石だというのに、神聖な空気さえ感じられるものだ。