第18章 蛹のはばたき✔
「いるでしょ。白い猫が一匹」
「白猫か?」
「見えねぇけど…」
「いやいや。ほら、あそこだって。右のお稲荷さんの近く」
「うーむ…」
「見間違いじゃねぇのか?」
「いやいやいやいや」
からかっているようには見えない二人の態度に、つい蛍の顔も真顔となる。
そんな恐ろしい返しをしないで欲しい。
だったらあれはなんだと言うのだ。
確かに見える白猫に、首輪のようなものはない。
しかし先程聴いた鈴の音は、確かに稲荷山で聴いたものと同じだった。
一度目は、杏寿郎とはぐれた鳥居のトンネルの中。
杏寿郎が鬼に放った炎虎を受ける直後に、華響がいた場所から響いた。
二度目は、華響と対峙した鳥居のトンネルの中。
後藤の体を蝕まんと血鬼術の歌を口ずさもうとした、華響の背後から響いた。
(音は、した。姿も、見た)
それもまた不可解な話だ。
目を止めるべき時に響いた鈴の音は、どれも鬼である華響が関わっている。
特に後藤を間一髪、華響の血鬼術から守った時は、その悪鬼の背後に猫はいた。
怯えも隠れもせずに、今のその姿と同じく静かに其処にいたのだ。
ただ今は、悪鬼となる華響の存在は杏寿郎の手によって既に滅された。
今蛍の目に見えているものが、ただの猫以外のものであるはずがない。
「その猫、どんな姿してはるん?」
「え?」
頸を傾げ続ける杏寿郎と後藤とは違い、清は蛍の言動に訝し気な目はしなかった。
唐突に問いかけられ、三人の目が一人の少年へと向く。
「どんなって…白い毛並みに、金色の目をした。普通の猫だよ。首輪は付けてないけど、鈴の…え?」
「なんや?」
「鈴…咥えてる」
首輪はしていない。
よくよく目を凝らしてみれば、その猫の口には小さな鈴が咥えられていた。
きらりと光る、金色の鈴だ。
それもまた奇妙な光景にも見えるが、鴉と同じで光るものが好きな猫ならどうということはない。
だから鈴の音がしたのだと蛍は安堵した。
不可解な音ではなかったのだ。
「なんだ、やっぱり普通の猫で」
「そら猫とちゃう」
「へ?」
ほっと胸を撫で下ろせば、再び唐突な清の声が否定した。
思わず拍子抜けた返事が漏れてしまう。