第18章 蛹のはばたき✔
「…そういえば」
沈黙を破ったのは、ふと思い出したように呟く蛍の声だった。
夜の闇でもはっきりと色付く、巨大な鳥居の門。
左右に並ぶお稲荷様の石像の足元で、先程の白い猫がちょこんと腰を下ろしている。
「あの稲荷大社、猫が沢山いるんだね」
囮役を買って出た蛍が稲荷山に登った時は、人懐こそうな猫に出くわした。
同じ猫かはわからないが一つはっきりしたことはある。
(華響が出てきた時にも鳴いてたから、てっきり華響の見せた幻かと思ってたけど。そうじゃなかったみたい)
ちりんと鳴り響く鈴の音は、一度目の稲荷山でも二度目の稲荷山でも耳にしていた音だ。
道理で聞き覚えがあったのだと納得する。
「よかった」
「よかったって、何が?」
「ううん。こっちの話」
問いかける後藤に取り繕うように笑顔を向けて、蛍は頸を横に振った。
夜の闇に垣間見た猫に怖がっていたなどと。そんなこと口が裂けても話せやしない。
「俺は猫など見なかったが。そんなにいたのか?」
「うん。囮役で稲荷山を登った時に見たの。後は鈴の音を聞いたり」
「鈴?」
「ほら。あの猫が頸にしてるような──」
杏寿郎の問いかけに、再度石像の足元にいる白猫を見る。
説明しようとした言葉は、尻窄むように途切れてしまった。
(…あれ)
自分で自分の言葉に違和感を持つ。
てっきりそうだとばかり思っていたが、そういえばあの白猫は首輪など付けていただろうか。
「あの猫?」
「どの猫だ?」
蛍に習って伏見稲荷大社の門へと目を向けた杏寿郎と後藤が、習って頸を傾げる。
石像の足元に座る小さな猫には気付かないのか。
「あそこだよ。ほら。お稲荷さんの足元にいる…」
目線だけでなく、今度は指差し告げる。
蛍の指の先を追った杏寿郎と後藤の顔は、更に訝し気なものへと変わった。
「うむ…?」
「えーっと…?」
反応からして、二人の目は猫を見つけられていないらしい。
しかし蛍の視界には確かにいるのだ。
身動ぎ一つせず、しとやかに座っている白猫が一匹。