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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第18章 蛹のはばたき✔



「…杏寿郎」

「なんだ?」


 盆ともあってか。
 意図的に人の出入りを止めていた昨夜とは異なり、大勢の人が巨大な鳥居の門を潜りそして出ていく。
 賑わう人々の顔を見渡しながら、蛍はそれを噛み締めた。


「色々言ったけど…私、あそこを守れて良かったと思う」


 鳴りを潜めていた悪しき鬼から、その神域を守るということは、その場に息衝く人々を守るということだ。
 華響を滅していなければ、今見ている光景はなかったかもしれない。
 そう思えば自然と納得ができた。

 昨夜己がしたことは、間違いではなかったと。


「退治をしてくれたのは杏寿郎だけどね」

「それは違うぞ。その為の力添えをしてくれたのは蛍だ。君の力もあってこそだろう」


 肩を竦めて笑えば、そんなことはないと優しい声に訂された。


「それなら後藤さんもかな」

「え? オレ?」

「うむ。蛍の言う通りだな。任務中の機転もさながら、迅速な後処理もあって今こうして再び大社の門を開くことができた。君は隠としての腕が余程立つ」

「い、いや。そんな、当然のことをしたまでっス…」


 照れ口篭る後藤は、まるでつい先程の清を見ているようだ。


「確かに尊い命を守ることは、当然のことかもしれない。しかしその為に己の身を挺する行為もまた、俺は尊ぶべきことだと思っている」


 今目の前にある景色は、当然のようで当然ではない。
 だからこそ認めるべきだと思うのだ。
 何も知らない人々が変わらぬ日常を送る為に、その礎(いしずえ)を身を挺して築いている者達がいることを。


「蛍。後藤君。それだけのことをしたのだと、君らは胸を張っていいんだ」


 誰をも知らなくとも自分が知っている。
 そう告げる杏寿郎の声は、起伏はなくとも情に満ち溢れていた。

 返す言葉はなくとも、すとんと胸の奥に届く杏寿郎の言葉。
 覆面の裾を手持ち無沙汰に握る後藤もまた、蛍と同じくその言葉を受け止めているのだろう。
 重みのない沈黙の空気が、それらを物語っていた。

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