第18章 蛹のはばたき✔
「ありがとな、坊主。なんだかんだ蛍ちゃんのことも気遣ってくれてたみたいだし」
「ば…っ」
「そうなの? ありがとう」
「ち、ちが」
「俺からも礼を言う! よもや皆で歌舞伎鑑賞をすることができるとは思わなんだった!」
「っ…」
杏寿郎にまで全面的に感謝を押し出されては、無碍になどできやしない。
赤い顔をそのままにおろおろと彷徨う少年の視線は、やがて観念したように己の足元に落ちた。
「と…当然のことを、したまでです…」
「うむ! 藤の者として見事な心掛けだ!!」
ぷすりと、頭から茹で上げた煙を上げて。
夜も更けていく帰り道。
さくさくと進む杏寿郎の足取りは、常に一定で休まる気配がない。
その心地良い揺れに身を預けたまま、蛍はふわふわと肌をくすぐる明るい毛並みに頬を寄せた。
肩に顔を預けてしまえば、暑くもほかほかと感じる体温に、共に一つの布団で寝入っていた時のことを思い出す。
あれが美味しかっただとか、これが見事だっただとか。今日一日の出来事を振り返る杏寿郎や清達の声を耳にしながら、蛍はうとりと瞼を落としかけた。
疲労が蓄積していない限り、鬼に眠気はこない。
なのに心地良い杏寿郎の抱擁を受けていると、自然と瞼は重くなるのだ。
ち りん
微睡みの中。人の醸し出す音の中に紛れて聞こえたのは、どこか聞き覚えのある音。
ぱちりと瞬いた蛍の鬼の目は、夜の闇でもよく見えた。
(あ。猫)
行き交う人々の足元を、するりと縫い抜けていく小さな白い姿。
町中でも馴染みあるその生き物は、するすると軽い身のこなしで蛍の眼下を通り過ぎていった。
自然と目で追えば、猫が駆けていくのは巨大な鳥居が佇む場所。
「あ」
「む?」
今度は声に出していた。
頭を上げる蛍に、進んでいた杏寿郎も目を止める。
藤屋敷への帰り道。
目にしたのは、京都へ訪れてから三度目ともなる神域。
伏見稲荷大社。