第18章 蛹のはばたき✔
余りにもよく通る声は、そのうち川岸に立つ人々の注目も集めてしまうだろう。
労わられることに悪い気はしない。
寧ろ先程まで感じていた体温が離れ、名残惜しさがある身。
ただ純粋に、まだ触れていたかった。
「じゃあ…背中、お借りします」
「うむ!」
少しばかり羞恥は残るものの、その好意に甘えるべく蛍は広い肩に手をかけた。
袴の下から両腕で膝裏を支えると、軽々と背に抱き上げる。
蛍の頭に被せていた羽織も忘れることなく、杏寿郎の手が深く手前に引いた。
「しっかり被っているように」
「そういえば、なんで羽織も被る必要があるの?」
「なに、簡単な理由だ。それを着ていては蛍をしかと背負えまい。代わりに君が羽織っていてくれ。暑いだろうが」
「それは…別に。大丈夫」
夏夜の暑さはあれど、鬼の体は暑さも寒さも和らげる。
寧ろ目の前の温かな広い背中と、被る陽だまりのような匂いのする羽織に、感じるは愛しいひとのものばかり。
まるで身も心も杏寿郎に包まれているようだと、蛍は自然と身を寄せて緩く頸の前で腕を交差させた。
「重くなったら、言ってね。歩けるから」
「蛍はいつも羽毛のように軽い。寧ろ飛ばされないように、しっかり掴まっていてくれると安心するんだが」
「杏寿郎が力持ちなんだよ」
優しい杏寿郎の声は、世辞のようで世辞ではない。
本心で言っているのが伝わるから、照れと嬉しさで口元が綻ぶ。
くすくすと笑う蛍の声を耳元に、杏寿郎はちらりと視界の端でそれを捉えた。
笑い緩む目元には、ほんのりと赤く腫れた跡。
普段なら痛々しくも見える涙の跡が、蛍の本音と自分を求めてくれた結果だと思えば胸の内は熱くなる。
愛おしいと、思う。
愛おしくて、愛おしくて。
そんな彼女の涙跡一つ、周りに見せることを心が押し留めた。
甘え慣れない蛍の姿を目にして、ただひたすらに甘やかしたくなったのも本音だ。
ただ羽織と己の背で蛍の涙顔を隠そうと計ったのも、また確固たる理由の一つ。