第18章 蛹のはばたき✔
会ったことはないが、千寿郎のことは兄の杏寿郎から幾度も話を聞いている。
幼いながらも煉獄家の内を支えようと努力している少年だ。己の意志を貫く時は貫くことができるのだろう。
自然とそんな二人のやり取りが頭に思い浮かんで、くすりと蛍は笑った。
「鬼だって、炎の道で走り込みなんて遠慮したいのに。本当、杏寿郎は凄いよね」
「む…褒められている気が余りしないのだが」
「うん。褒めてないね」
「うぬ」
「でも、らしいなぁと思う」
杏寿郎らしいと思えるだけ愛しさは募る。
ふくふくと口元で笑い耐える蛍に、じっと強い双眸が向く。
「それが良いことなのかわからないが、蛍の愛い顔が見られただけよしとしよう」
自己完結したのか、うむ!と笑った杏寿郎の手が、更に蛍の頭を羽織の上から撫でる。
今度は蛍が羞恥で言葉を止める中、そんな姿もいじらしいと尚のこと杏寿郎の笑みが深まった。
「さて、では戻るとしようか。蛍」
「うん…うん?」
甘酸っぱくも感じる空気を切り替えたのは、杏寿郎からだった。
頭の切り替えは変わらず速く、今はそれが救いとばかりに暑さとは別の熱を帯びる頬を手の甲で拭い頷く。
しかし頷きかけた蛍の頭は、下を向いたまま止まってしまった。
「何、その恰好」
見つめる先では、踵を返した杏寿郎がそのまま先を進むかと思いきや、その場に片膝を付いている。
見上げていた焔色の頭が、蛍の視線の高さより低くなる。
「乗るといい!」
「え何が」
"滅"と白糸で刺繍された隊服の背中。
いつも羽織を着ている杏寿郎にしては珍しいその背をまじまじと見ていれば、振り返った顔が眉を跳ね上げ笑う。
さぁ!と掛け声がつきそうな程の勢いに呑まれつつ、反射で突っ込んだ。
何故に。
「いきなりどうしておんぶなの」
「一日白昼を歩き続けた蛍への労いだ! 疲れただろう」
「いや、まぁ、疲れはしたけど。もう回復したというか…鬼だし」
「鬼も人も枠組みは関係ないぞ」
「それは杏寿郎を見る目がそうであって、私自身の場合は」
「早くしないと少年達を待たせてしまう!」
「聞いてないな」