第18章 蛹のはばたき✔
とくんとくんと伝わる互いの命の鼓動が、耳に、肌に、馴染んだ頃。
ようやく落ち着いた蛍の瞳の乾きに、杏寿郎は離すまいと抱いていた腕をそっと解いた。
「少し赤くなってしまったな」
「…ん。すぐに治るよ」
大粒の涙を流し、強く擦り上げた目尻はほんのりと赤い。
優しく指の腹でそこに触れれば、くすぐったそうに蛍の頸が竦んだ。
蛍の言い分は尤もだが、その前に後藤達の目には止まってしまうだろう。
己の羽織を脱ぐと「暑いだろうが」と一声かけて、杏寿郎は頭からそれを被せた。
太陽光から守る為にといつかに被せたように、すっぽりと覆われる蛍の体が炎の羽織に隠れる。
「蛍の新たな方針ができた訳だし、今後のことを改めて話し合わなければな。少年達を放っておく訳にもいくまい。そろそろ戻ろう」
「うん」
「今日は一日、よく俺につき合ってくれた」
「私も、なんだかんだ楽しんでたし。つき合わされてた感覚はないから大丈夫だよ」
見たこともない景色に空気、匂いに色。
その瞬間瞬間を杏寿郎と共に感じられたことが何より嬉しかった。
今もまだ眼下に広がる景色に名残惜しさを感じながら蛍が頸を横に振れば、それでもと労わるように杏寿郎の手が羽織の上から頭に触れる。
「しかし夏日の白昼となれば、蛍にとって酷だっただろう」
「日光慣れ訓練だと思えば、まぁ、頑張れた」
「ははっ確かに蛍の言葉通りだったな」
蛍は何気なく口にしているが、鬼の立場からすれば過酷以上のものである。
うむうむと感心気味に頷きながら、ぽむちと杏寿郎の手が蛍の肩に乗る。
「丸一日、厳しい訓練を耐え抜いたという訳か。偉いぞ!」
「そ、そう? そこまで大袈裟に言う程でも…」
「大袈裟なものか。俺も炎上した道で走り込みをした時は、二度としてくれるなと千寿郎に珍しく咎められたものだ!」
「それ。一回流したけど、どこをどうしたらそんな訓練する羽目になるの。千寿郎くんに激しく同意」