第18章 蛹のはばたき✔
「心が、違えても。すれ違って、も。生きてさえいれば。また何処かで、出会えるかもしれない」
「……」
「命さえ、あれば」
死んでしまえば二度と届きはしない。
しかし痛くても苦しくても、生きてさえいれば。
それを望んだからこそ、切り捨てられる道でもいいと選んだ。
くぐもる程の小さな声で、それでも蛍の強い決断に、杏寿郎は口を噤んだ。
共に歩める道か否かではなく、共にでなくても生きていられる道か否か。
蛍の目の前に敷かれている道は、生か死の世界。
鬼の立場を思えば致し方ないことなのだろう。
それ程までに狭められた蛍の足場に、気休めの言葉などかけられなかった。
(…重いな)
鬼殺隊として人々の命を守る使命とは異なる、どしりと心の奥底に落ち込むような重み。
先程告げたように、悪鬼の元凶である無惨を倒さない限りは取り除けないものだ。
蛍の前に敷かれたその道を、杏寿郎の意志一つで変えることはできない。
それでも、と。
蛍が鬼の世に一石投じたように、杏寿郎を突き動かすものもまた他への情感だった。
「蛍」
添えていただけの手を背中に回し、小さくも見える体を優しく抱きしめる。
「君を取り巻く世界を簡単に変えることはできないが、それでも違わぬものはある」
「…それ、は…?」
「俺の想いだ。俺が惹かれたのは、鬼も人も関係ない蛍自身の心だ。だから君が己の姉を喰らったと知っても、想いは覆らなかった」
蛍が人喰い鬼として姉を喰らった訳ではないことも、その時十二分に理解した。
だからこそ負の過去を辿々しくも蛍が伝えてきた時、共に支えていたいと思ったのだ。
杏寿郎の中で、その決意は今も微塵も揺らいではいない。
「弱音や不安があれば、いつだってこうして吐き出してくれていい。君の心内なら、いくつでも受け止めたい。だから蛍も俺を信じてくれ。鬼や人の枠ではなく、俺自身を見ていて欲しい」
優しくも強い呼びかけに導かれるように、杏寿郎の胸に埋めていた顔が上がる。
縦に瞳孔の割れた緋色眼が、金輪の双眸と重なる。
「だからもう切り捨ててもいいなどと言うな。それが君の望みでないのなら」