第18章 蛹のはばたき✔
そんな蛍が愛おしい、と。耀哉が告げた言葉の意味が、杏寿郎にはよく理解できた。
頑なに守り続けていた弱みを晒し出してくれていることに嫌悪などない。
飾りけのない拙い声ひとつ、涙ひとつ、動作ひとつが、愛おしい。
「…蛍」
ただ、触れてもよいものかと思える程の儚さを前に。
目元を拭い続ける蛍の手に、ゆっくりと指先で触れた。
「そんなに擦り過ぎると赤くなってしまう」
「…ぅ…っ…ごめ…」
「いや。出せる時にいくらでも出していいんだ。止める必要はないから、謝らないでくれ」
優しく手に手を添えて、ぽたぽたと枯れることなく涙を湧かす蛍の顔を見えるように開く。
抱き寄せるのではなく歩み寄り、二人の間にできた距離を自らで埋めた。
「拭いたいなら俺の胸を使ってくれればいい。蛍の声は俺が拾うから。周りには聞こえない」
寄り添うようにして、小さくも見える震える体をそっと覆った。
杏寿郎の胸元に触れた蛍の涙が、じわりと黒い隊服に吸い込まれていく。
「だから声を上げてもいいんだ」
後頭部に添えられた大きな手が、あやすように撫でてくる。
諭すような響きではなく優しく寄り添うその声に、蛍は結んだ唇を一層震わせた。
くしゃ、と杏寿郎の隊服を白い手が掴む。
「傍に、いて…」
「ああ。俺から離れる気は更々ないぞ」
「っ嫌いに、ならないで…」
「無論。俺の心は君が欲しいと告げた日から、何も変わってはいない」
裸の声で求めてくる姿は愛おしさを募らせるが、同時に己の不甲斐なさも思い知った。
「しかしそれ程までに不安にさせてしまったとはな…それだけ、蛍にとって俺が頼りきれる存在でいなかったということだ。不甲斐ない、な」
「っ違う」
「む?」
「杏寿郎は不甲斐なくなんか、ない。私、が…っ」
両手でくしゃくしゃに隊服を握りしめたまま、蛍は目の前の胸に顔を押し付けた。
「生きていればと、思ったの」
涙声は掠れて、隊服に埋もれた音はくぐもる。
それでも杏寿郎にだけ聞こえた、微かな声。