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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第18章 蛹のはばたき✔



 一度全てを失った。
 そこから始まった鬼の道。
 今更独りになることなど、在るべき所へと帰すだけだと己の頭に言い聞かす。

 つっかえながらも吐露した蛍の意志を前に、感情を見せなかった強い双眸が初めて揺らいだ。

 踏み出すまではできたものの受け止める余裕はなかったのか、俯く蛍の顔が杏寿郎の視界から隠れる。
 それでも足は退かない。
 強く握りしめた拳の微かな震えを視界の隅に捉えて、杏寿郎は下がる頭を見つめた。


「──初めて見た」


 人の騒めきは、遠く。
 騒音さえも掻き消されて、二人だけの世界に響く。


「初の任務で、そこまでの並々ならぬ覚悟と決意を示した隊士は。少なくとも俺は他で見たことがない」


 静かな声には、喜びや哀しみの響きはない。
 目の前の小さくも見える鬼を跳ね付けることなく呼びかける。


「鬼を心底憎む者はいる。鬼をひたすらに憐れむ者もいる。しかし世の鬼全ての世界に一石を投じる者はいなかった。蛍のその眼(まなこ)は、君だから持てるものなのだろうな」

「……」

「数余年、鬼を滅してきた今のどの柱も持てなかったものだ」


 だが、と一呼吸置いて。


「甘いな」

「っ」


 感情は見えないまま、しかし杏寿郎の声は現実を示した。
 俯いたままの蛍の頭が微かに揺れる。


「鬼も人も、例え呪いが消えても、鬼舞辻無惨が生きている限り我らに安息の日はない。それは君自身も理解しているはずだ。そんな甘い考えだけでは、今後全ての悪鬼が消えることはない」


 震える体で俯くことしかできない。
 杏寿郎の反応を受け止める余裕すらない思いを口にしたのは、何故か。

 それでも、と再び一呼吸置く。


「しかし己にはその爪先程も甘えず、いつも君は茨の道を往くのだな…」


 その並々ならぬ思いも意志も、蛍だからこそ持てるものだ。
 鬼殺隊の中で独り、鬼として生きてきた彼女だからこそ。

 それを杏寿郎は知っていた。
 知っていたはずなのに改めて思い知らされたようだった。

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