第18章 蛹のはばたき✔
「それは、己が鬼であるからか?」
感情の起伏一つ見せず。じっと返す杏寿郎の目が蛍を見定める。
全てを貫くような強い双眸は、思考をも悟らせない。
逸らしたくなるような強さを前に、蛍は汗が浮かぶ拳を握って踏み止まった。
返事の代わりに一つ、頷く。
世の鬼の為になどと綺麗事は言わない。
自分が鬼であるからこそ、見過ごせない感情がある。
「私が鬼としてもここまで生きてこられたのは、運が良かったから。私の生きる道に杏寿郎や義勇さん達が、いてくれたから」
「運だけではない。それは蛍自身が掴み取った未来だ」
「それでも…私にその機会を与えてくれたのは、杏寿郎達"他者"の存在だった。鬼というものがなんたるかを教えてくれて、この世界の厳しさもわからせてくれた。その中で人と触れ合うことの大切さも、伝えてくれた。だから私は、こうして自分で立つことができてる」
禰豆子とは違う。自分が特別な鬼などと思ったことは一度もない。
そんな蛍が刹那刹那を生き抜いてこられたのは、独りではなかったからだ。
時に非情に、時に嫌悪し、時に慈しみ、時に寄り添い。
憎悪も愛も向けられたからこそ、自分の立場を理解して尚も進もうとできた。
「私が私で在れたのは"人"に出会えたから。じゃなきゃ…姉さんをその死ごと喰らったあの日、私自身も死んでいた」
泣いて啼いて泣き叫び続けて。
涙も声も心も全てが枯れ果てた後は、姉を喰らった記憶ごと己をも喰らい尽くし、華響と同じ人喰い鬼になっていたかもしれない。
「もし、他の鬼もそうだったなら。鬼になっても、人の心がほんの少しでも残っていたなら。…それでも、鬼だからと頸を跳ねられていたなら」
鬼と成ったあの日。
蛍を見つけた者が義勇でなく、しのぶや実弥であったなら瞬く間に頸を跳ねられていただろう。
絶望しかなかった闇の中でなら、それは一種の救いだったかもしれない。
しかし鬼としてでも立つことのできた、今の自分であれば。
「そう考えると、ぞっとする」
鬼であるだけで、生きる価値はなくなる。
鬼となった瞬間から、自分が何者であるかもわからぬまま、救いは死だけだと知らぬ他人に突き付けられるのだ。
そこにあるのは不条理な死。