第18章 蛹のはばたき✔
「鬼の中にも組織はある。十二鬼月がそれだ」
「華響はその数字持ちには興味ないって言っていた。そこに必要性を見出していた訳じゃないと思う。…それでも私に名前を教えてくれた。自分から名乗り出すくらい、思いを入れ込んだ名前を」
「蛍」
隣に佇んでいた体を向けて、杏寿郎は真正面から蛍と向き合った。
言葉を紡ぐことすら難しいことのように、顔を歪めて吐露する蛍に向けて。
「告げるべきことがあるなら、足元ではなく前を見ろ。己の言葉を己で疑うな。それでは相手に届かない」
「…っ」
静かに、凛とした声が諭す。
ぴくりと握った拳を震わせて、蛍は唇を噛み締めた。
一呼吸の間。意を決したように上がる視線が、杏寿郎の貫くような熱い双眸と重なる。
吐き出すことを躊躇うような、迷いの表情を残したまま。それでも蛍は足を退かせなかった。
己の胸に手を当てて、くしゃりと爪が掛襟を握る。
「──"個"が、あるから。私や、杏寿郎みたいに。自分というものがあるから、名前を付けると思うの」
鬼は人ではないが、動物とは違う。
感情を有し、言葉を吐き、思いを生むことができる。
故に、不必要だとしても自らを示す名を付けるのではないのか。
「それを…私は、鬼だからと、見なかったことには、できない」
「……」
「人には、死んで欲しくない。でも、鬼だからという理由で、その命も、見捨てたくは、ない」
傍から見れば鬼への弁護だ。
それを柱である杏寿郎にぶつけていいものなのか、わからなかった。
例え目の前で人の死を突き付けられても覆せなかった思い。
杏寿郎に否定されても、簡単に折ることはできないだろう。
だからこそ、拒絶されたらと思うと恐怖は募る。
滅すべき鬼の味方となるのかと、嫌悪でもされたならば。
握った拳の内側で、嫌な汗がじわりと湧いた。