第18章 蛹のはばたき✔
「あの鬼の名前は、華響っていうの。人間の時の名前は忘れたから、自分で付けたって。そう教えてくれた」
「…人間の頃の記憶を忘れるということは、理性を失くすことと等しい。故にあの鬼も人喰い鬼と化した」
「うん…華響は人喰い鬼だった。義勇さんや、胡蝶達が教えてくれた鬼と何も違わなかった。人の命を餌としか思っていなくて、徒(いたずら)に弄ぶ鬼だった。そこは、どうしても許せなかったよ」
蛍にとって人も鬼も命の重みは同じだった。
寿命や身体の造りに違いはあれど、だから命の価値に違いがあるなどとは思わない。
だからこそ華響の行いは許せなかった。
弄ばれるようにして命を落としてしまった男の死には、理不尽さしか感じなかった。
それと同時に知れたこともある。
「華響は、あの場で滅すべき鬼だった。杏寿郎が頸を跳ねていなきゃ、今後も理不尽な人の死は起こっていたと思う。私にできなかったことを果たしてくれて…ありがとう」
ありがとうと言いながら、蛍の視線は杏寿郎と重ならない。
噛み締めるように言葉を紡ぎ、拳を握りしめ、足元を睨むように見据えている。
まるで崩れそうになる己の足場を、繋ぎ止めるように。
「ありがとう。此処へ、連れてきてくれて。…知ることが、できたから」
「…知れたとは?」
「鬼は鬼同士では群れない。一人でも何百年だって生きていける。自分の過去も、名前も忘れて」
華響という鬼も、人間では凡そ経験できない長い長い時の中を生きてきたのだろう。
群れず頼らず、たった一人で。
「じゃあ…なんで、鬼は自分に名前を付けるの?」
華響は、鬼殺隊が滅すべき対象の鬼だった。
悪鬼と呼ばれても不思議ではない、悪そのものである。
そこに蛍が感じた違和感が、その名だ。
「誰かに呼ばれることも、呼ぶことも必要としないのに。なんで自分を指し示す名前を付けるの」