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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第18章 蛹のはばたき✔



「じゃあ、あの人は? 文子さん。花吐き病、無事に完治したのかな」

「ああ。それも要により報告を受けている。花吐きの症状は止まり、体調も快方へと向かっているそうだ」

「そっか…よかった」


 ほっと安堵の表情を見せる蛍に、杏寿郎の顔にもほのかに緩和が生まれた。


「初めてだな」

「え?」

「任務を終えた後、君が人の心配をしたのは」


 指摘されて初めて気付いた。
 言葉を返せないでいる蛍の目に、強い双眸が重なる。


「今回、命を落とすに至ってしまった者は一人だが、彼を守り切れなかったことを俺も悔いている。だが君が何より未練を残していたのは、滅した鬼のことだ」


 鬼であるが故に、生まれる葛藤であることは杏寿郎も理解していた。
 しかしその思いを優先していては、鬼殺隊として行動することはできない。


「確かに君は鬼だが、我らと共に人の為に戦っている。この世で心を交り合わせ、時に支え合い、共に生きている人々の為に。その者達を蛍も感じることはできただろう?」


 杏寿郎の言葉に心当たりはあった。
 今日一日、観光を心から楽しいと感じて過ごすことができたのは、杏寿郎がいたからだけではない。
 その時々で触れ合った人々がいたからだ。


(だから…観光に行こう、なんて)


 ようやく蛍にも、杏寿郎の意図が理解できた。
 鬼である蛍を昼間にも関わらず連れ出したのは、京の都を見せる為ではない。
 其処に息衝く人々を見せる為だ。


「同族を案じる心を殺せとは言わない。しかし、俺達が目を向けるべきは人間だ。その死を悼み慈しむべきは、かつて鬼もそうであったはずの人間だ。でなければ、今日出会えた人々も鬼の毒牙で命を落としていたかもしれない」

「……」

「それを忘れてくれるな」


 厳しい声ではなかった。
 穏やかな口調で、導くように告げてくる。
 杏寿郎に強制の言葉は何一つない。

 しかし、それでもと。


「…華響」


 噛み締めるようにして、蛍が口にしたのは鬼の名だった。

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