第18章 蛹のはばたき✔
(たった一人の…兄弟、か)
愛しむように紡ぐ杏寿郎の声に、思い起こされるは唯一の姉妹であり家族であった姉の姿。
人の命は鬼とは違い儚いもの。
だからこそ見えぬ世界にもこうして思いを馳せる。
もし姉が一年にこの一時だけ、この世に戻ってくるとしたなら。
(…私は、出迎えることができるのかな…)
川沿いに佇む人々のように、亡き命を慈しみ愛することができるのだろうか。
「……」
「蛍」
「…ぇ?」
自然と視線が下を向く。
一人考え込んでいた思考を呼び戻したのは、現実に佇む杏寿郎だった。
「どうした? 顔色が優れないようだが」
「そんなこと、ないよ。ちょっと考え事してただけ」
当たり障りなく笑顔を向けて、再び川を流れる灯篭を見つめる。
ゆっくりと流れるままにされゆく一つ一つの灯は、まるで死者の魂そのもののように見えた。
人生という逆らうことのできない大きな波に、流されていく人々の命そのもの。
その流れに沿うことなく、抗うように佇む鬼が異端なのだ。
「……杏寿郎」
「うん?」
「あの光の数だけ、人の命も在るって。そう言ったよね」
「ああ」
「…いるのかな」
「何が?」
「昨夜、命を落としたあの人も」
人の騒めきは、遠く。
一歩遠のいた所から見つめる風靡(ふうび)な景色は、何処となく浮世離れしているように思えた。
静かに佇む二人だけの世界で、蛍に思い起こさせたのは身近な死。
「あの人も、ちゃんと天に昇っていけたかな…奥さんに会えたかな」
ぽつりぽつりと乞うような声で願う。
亡き妻を捜し続け、華響に命を奪われた男性は、きっと不本意な死を遂げただろう。
だからこそ、せめてもと。
流れる灯篭を見つめる蛍の横顔を、杏寿郎の双眸が映し出す。
ふ、と蛍にも届かぬ程の小さな吐息をついて、杏寿郎もまた桂川を見つめた。
「彼の親族を後藤君に捜してもらったが、生憎身寄りを持たぬ者だった。故に彼の遺体は我らで手厚く葬った。今は奥方の持ち物と共に、墓の中で眠ってもらっている」
「そう、なんだ」
自分が寝ている間に、そこまで処置を進めていたとは。
当然のように告げる杏寿郎に、蛍は素直に驚きを隠せなかった。