第18章 蛹のはばたき✔
「蛍。遠く視野を広げることも大事だが、時には己の足場にも目を向けてみるといい」
不意に、隣に立つ杏寿郎が視線を下げて川沿いへと落とす。
つられて蛍も目線を向ければ、真っ黒な水流にぽつりぽつりと流れる光を見た。
「あれは…灯篭(とうろう)?」
「この桂川では、五山の送り火と共に灯篭流しも行われる」
緩やかな水流に身を任せるように、流れゆくいつもの光。
ほんのりと柔からな橙色を和紙から放つ灯が、鮮やかに桂川を光の川へと変える。
幾十にも流れる沢山の灯篭は、川岸に集まった人々が流しているものだった。
各々手を合わせ、頭を下げ、思いを乗せる。
魂を送る、灯りの籠。
「すごい…あんなに、沢山」
「それだけの魂と人々の思いが在る」
「杏──」
幻想的な光景につい見惚れてしまう。
高揚する気持ちのまま隣の彼を伺えば、杏寿郎は口元に見慣れた笑みを浮かべてはいなかった。
川を彩る光が、映す杏寿郎の瞳の中でも揺れている。
その横顔は、声をかけるのを躊躇う程に静かな思いを馳せているようだった。
「…ん?」
途切れた蛍の声は届いていた。
一息ついて、ゆっくりと杏寿郎の目が蛍を映す。
何かと視線で問いかけてくる杏寿郎に、自然と蛍の声は萎んだ。
「…私、お盆に特別何か感じたことはなくて。両親は、私が物心ついた頃からいなかったから…それが当然で」
「周りに合わせる必要はない。それはそれで自然な姿勢だろう。…俺は、盆にはなるべく生家に帰るようにしている。なるべく家族で先祖や母を出迎えたくてな」
母の命日と盆期間中だけは、寝床に伏せてばかりの父も身形を正す。
これと言った親子らしい会話ができる訳ではないが、その時だけは昔のような家族でいられる気がするのだ。
亡き妻を、母を、思う心は同じだと。
「今回のように致し方ない時もあるが。千寿郎には、きっと寂しい思いをさせた」
「弟の、千寿郎くん?」
「我慢強い子だから何も言わないだろうが」
「…大事に思っているんだね」
杏寿郎が弟思いなことは以前から知っていた。
しかしその名を口にする時、優しさの中にほんの一欠片程の哀しみを混じらせることがある。
「ああ。たった一人の弟だ」