第18章 蛹のはばたき✔
熱い日差しを向けていた太陽が、すっかり身を隠した暮夜(ぼや)。
ちりちりと夏の虫がほのかに歌う、群青色に染まる夜空の下。
蛍は竹笠を脱いで軽くなった頭で、一息空気を吸い込んだ。
鼻先に感じるのは、目の前で緩やかに流れる川の匂い。
なのにここまで燃え盛る炎の匂いが届きそうだ。
渡月橋の傍から見据える先には、京都の西側に佇む雄大な山並み。
曼荼羅山(まんだらやま)の傾斜を赤々と照らしているのは巨大な鳥居型の絵柄。
山に着火された炎が無数に連なり一つの文字や絵を表しているそれは、京都では夏の有名な行事の一つ。
"五山(ござん)の送り火"である。
森閑(しんかん)とした空気の中、余りにも大きな自然と人の手で作られた思いの形に蛍は感嘆の溜息をついた。
「晴れていてよかった」
「杏寿郎」
静かに隣に歩み寄る影が一つ。
蛍と同じく雄大な山並みを見つめる杏寿郎が其処にいた。
「曇っていては死者の魂も心地良く昇ってはいけまい」
「…今日、お盆だったんだね」
「うむ」
迎え火を焚いて先祖を迎え、丁重に供え物をして亡き人々を思う。
やがては再び送り火を焚いて滞在した魂を送り出す。
本日は、死者達を送り出すその日だ。
「見たのは初めてだけど、前に聞いたことはあるよ。京都の五山の送り火。大文字とか、他にも色んな形があるんだよね?」
「ああ。俺も全てを見た訳ではないが、五つの山に五つの炎が灯されるのだそうだ」
「だから五山なんだね」
「如何にも」
大文字(だいもんじ)・松ヶ崎妙法(まつがさきみょうほう)・舟形万灯篭(ふながたまんどうろう)・左大文字(ひだりだいもんじ)。そして蛍達の拝み見る鳥居型松明(とりいがたしょうめい)。
伏見稲荷大社で見たような立派な鳥居が、山の傾斜に赤々と燃え浮かんでいる。
初めて目にしたその光景は、単調な感想さえ出させはしない。
安易な言葉で片付けるには失礼な気もして、蛍は闇の中に浮かぶ道導のような炎を黙って見つめ続けた。