第18章 蛹のはばたき✔
「お兄はん、ええ旦那はんになりはるわ…」
「ほんまやね…」
「? それは嬉しい限りだな!」
ほうと溜息をつく二人に、礼は伝えつつもその熱い視線の意味には気付いていない。
その意図を悟る前にと慌てた蛍が、杏寿郎の袖を引いて腰を上げた。
「も、もう行かないと。お腹も減っただろうしっ」
「腹か? 確かに甘味しか口にしていなかったな!」
「だよね、ご飯行こう。後藤さん達もっ」
「お、おう。急かさなくても行くから待てって蛍ちゃん」
「少年! 美味い飯屋を教えてくれるとありがたいのだが!」
「勿論! 任せてください!」
「それじゃあ、あの、色々とありがとうございましたっ」
公演も終わり次々と観客が出口に向かう中、杏寿郎達も流れに合わせて席を立つ。
ぺこりと頭を下げながら去る蛍の姿に、女性客二人はくすりと顔を綻ばせた。
「ほんにかいらしいわ」
「お熱いなあ」
「うまい!!」
ちゅるりと喉越しよく通る湯葉刺身。
生卵と葱と海苔を乗せた湯葉丼を片手に、ずらりと目の前に並ぶお造りに杏寿郎は舌を唸らせた。
清に案内されたのは、京都でも代表的な湯葉がふんだんに取り扱われた定食屋。
優しい味付けにはしつこさがなく、いくらでも入ってしまう。
「この田楽も! とてもうまい!」
「わかりましたから。炎柱様。周りに見られてるんで、もう少し声落として」
「そうか! すまん!」
「さてはオレの言葉聞いてないっスねわかってました」
腹が空いていたのは事実だったのだろう。
後藤も清ももりもりと定食を食す中、蛍は一人何も口につけることなく机に頬杖をつき向かいの杏寿郎を見ていた。
氷菓子に舌鼓をうつ杏寿郎を見守っていた時とは違い、どことなくぼんやりと考え込むように見守っている。
「どうした? 蛍」
その視線に杏寿郎が気付かないはずもなく。声量を落として問いかければ、はたと蛍の目が瞬いた。
「あ、うん…さっきの歌舞伎を見ていて、思い出したことがあって」
「ふむ?」