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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第18章 蛹のはばたき✔



「へえ、そんなに。だから人気のお話なんだね?」

「ああ! 勿論伴奏の長唄であったり伝統的な舞踊であったり魅力は他にも沢山あるが、俺は何より弁慶の心意気に惚れた話だ。義経だけでなく共にしていた仲間をも守る為、痛切な思いで主君に手をあげた。相当の覚悟を持ってした弁慶の姿勢に、富樫も感銘を受け関所を通したんだ」

「じゃあ騙せたんじゃなく、見破られていたけど、その心を変えさえたってこと?」

「うむ。関守として相当の腕を持つ富樫を欺くことは不可能。だがその道を拓いたのは、技術ではなく人の心だった。俺が一等好きな場面の一つだ」

「…うん。私も、好きかも」


 杏寿郎らしいと言えるような、心に訴える熱いもの。
 そこに共感するのに理由など幾つも要らなかった。

 興味津々に尋ねる蛍に、つられて杏寿郎の口も熱く語る。
 その様にくすくすと前方から笑い声が飛んでくる。


「お兄はん、ほんまに好きなんやねえ」

「む! 先程の!」

「あない大層な大向こう初耳やったわ。派手な顔立ちしてはるし、歌舞伎役者にもなれるんとちゃう?」

「俺などまだまだ。だがその言葉は光栄の至りだな、ありがとうございます!」

「ふふ。ほんに快活やわ」

「お嬢はんも楽しめたようでよかったなあ」

「はい。凄く。本当に楽しかったです」


 何度も頷き応える蛍の姿に、前方で観賞していた女性客二人も笑顔を零した。


「ほんならよかった。あてらも安心やわ」

「ほんま、かいらしい妹背(いもせ)やねえお兄はん」


 まるで近所の恋人同士を見守るが如く。ほのぼのと笑い合う二人の言葉に、蛍はぴしりと動きを止めた。
 妹背とは、親しい間柄の男女を示す。
 そんな二人に見えていたのかと、顔に熱が増した。


「わ、私は」

「俺の好きなことを心から共に楽しんでくれる、健気で優しい女性です。俺には勿体ない程だ」

「杏…っ」


 さらりと穏やかな笑みで杏寿郎が肯定をするものだから、更に顔は赤みを増す。
 それは蛍だけでなかった。
 先程までの快活さを潜め愛しい者を語る杏寿郎の眼差しに、女性客もまた頬を染め上げる。

 緩急つけて魅せる様は、正に歌舞伎の舞のようだ。

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