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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第18章 蛹のはばたき✔



 怒りの矛先は富樫ではなく目をつけられた義経へであった。
 そのように間違われるから自分達まで疑われるのだと、義経を手にしていた金剛杖で打ち伏せる。
 幾度も幾度も、うぬ。えい。と。

 主君であれば弁慶が手をあげるはずはない。
 そうは思えど疑いの目を止めない富樫に、とうとう弁慶は地鳴りのような声で啖呵を切った。


「おお疑念晴らし、打ち殺し見せ申さん」

「いや誤まりたもうな。番卒共がよしなきひが目より、判官殿にもなき人を疑えばこそ、かく折檻せっかんもし給うなれ。今は疑い晴れ申した。とくとく、いざない通られよ」

「大檀那のおおせなくんば、打ち殺して捨てんずもの。命冥加にかないしやつ。以後はきっとつつしみおろう」

「我はこれより、尚も厳しく警護の役。かたがた来たれ」


 終いには義経を殺してみせようとまで言い切る弁慶に、頸を横に振ったのは富樫の方だった。
 悟るように顎を引くと、頑なに守り続けた関所の道を開ける。

 番卒(ばんそつ)達を連れてその場を去る富樫。
 各々の無事を悟った弁慶は徐に膝を折った。
 両手の拳を地に付け、自らの愚行を悔いるように涙を流す。
 今まで一度たりとも涙を流したことのなかった男が悔いたのは、主君に手をあげ打ち据えたことだ。

 しかし詫びる弁慶を義経が責めることはなかった。
 義経一行の四天王さえも、疑い深い富樫を騙すことを諦め刀に手をかけた時、弁慶だけがそれを良しとしなかった。
 最後まで全員の命を守り抜いたのだと、弁慶を労ったのだ。


「のうのう客僧たち、しばし、しばし。さても某あまりに率爾を申せしゆえ、粗酒ひとつ進ぜんと持参せり。いでいで杯参らせん」

「あらありがたの大檀那。ご馳走、頂戴仕る」


 其処へ再び現れた富樫が先程の無礼に酒を振る舞うと言う。
 それが単なる詫びではなく、宴を催している間に義経と共に逃げ果せろという意味だと悟った弁慶は、快く酒を頂戴した。

 飲めや歌えやと笛や太鼓に合わせて、弁慶が扇を手に舞を披露する。
 足を踏み鳴らし袖を広げ、扇を振って奏者の唄と共に延年の舞(えんねんのまい)を魅せる。
 その合間に義経と四天王は、賑やかな宴の影を通り抜け姿を消した。
 やがて一人となった弁慶が君主と仲間の無事を確認した後、扇を畳み姿勢を正す。

 深々とした一礼は富樫左衛門に向けて。

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