第18章 蛹のはばたき✔
三味線や堤太鼓の音に合わせて、隈取をした男達が舞台の上で颯爽と足取りを鳴らす。
兜巾(ときん)を被り水衣(みずごろも)に大きな梵天(ばんてん)を着飾る、山伏(やまぶし)に扮した大柄な男は武蔵坊弁慶。
深く被った竹笠で顔を隠し荷物持ちに変装しているのは、弁慶の主君である源頼経。
関所を通り抜けようとする二人の前で対峙するは、関守の富樫左衛門。
安宅の関(あたかのせき)に辿り着いた義経一行。
其処で待ち受ける富樫は義経達を疑う。
それでも我は山伏だと宣言する弁慶に「本当に山伏ならば勧進帳を読んでみろ」と富樫は要求するのであった。
「なんと、勧進帳を読めと仰せ候や」
「如何にも」
「心得て候」
「元より勧進帳のあらばこと。笈の内より往来の巻物一巻取りいだし勧進帳と名付けつつ、高らかにこそ読み上げけれ」
「それ、つらつら惟んおもん見れば。大恩教主の秋の月は涅槃の雲に隠れ、生死長夜の長き夢、驚かすべき人もなし。ここに中頃、帝おはします。おん名を聖武皇帝を申し奉る。最愛の夫人に別れ…」
小気味良く会話を飛ばす弁慶と富樫の間に、物語の唄を読み上げる声。
それに乗せて白紙の巻物を取り出した弁慶は、それを勧進帳と見做し浪々と読み上げ出した。
(あ。もしかして勧進帳って…)
歌舞伎特有の台詞は、初めて見聞きする蛍には理解できないものがほとんどだ。
それでも前以て物語を聞いていた為、どうにか汲み取った単語にぽんと口元で両手を合わせた。
「あの強力がちと人に似たると申す者の候う故に、さてこそただいま留めたり」
「なに人が人に似たるとは、珍しからぬ仰せにこそ。
さて誰に似て候ふぞ」
「判官殿に似たると申す者の、候ふほどに落居の間留め申した」
「なに判官殿に、似たる強力めは。一期の思い出な。腹立ちや日高くは能登の国まで、越さうずるわと思いおるに、わずかな笈ひとつ背負うて後へ下ればこそ人も怪しむれ。総じてこのほどより判官殿よと怪しめらるるは、おのれが業のつたなき故なり。思えばにっくし。憎し、憎し。いで物見せん」
弁慶の非の打ち所のない見事な勧進帳の読み上げに一度は山伏と認めた富樫だったが、目敏く見つけたのは後方に控える強力の男。
ただの荷物持ちではなく義経ではないかと疑う富樫に、弁慶は途端に怒りを露わにした。