第18章 蛹のはばたき✔
建物の三階まで贅沢に空間を使った、大きな舞台である南座。
二階、三階席は上から舞台を見下ろす形に左右後方に設置され、一階席には大勢の人がひしめき合う。
舞台へと続く大通りのような花道が設置されたすぐ隣の畳に案内された蛍は、竹笠を脱ぎながら物珍し気に辺りを見渡した。
一定数の観客を仕切るように空間分けされた畳状の客間に、目の前の大きな舞台には黒・柿・萌葱色(もえぎいろ)の縦縞模様が入った大きな定式幕(じょうしきまく)が垂れ下がっている。
お気に入りの役者でもいるのか小さな役者絵を手にした客もいれば、家族で来ている客もいる。
皆期待を込めるように密かにざわついていた。
圧倒される舞台造りに人の数。
まじまじと目を見張る蛍の袖を引っ張ったのは、空間分けされた客間──枡席(ますせき)に座る清だった。
「はよ座り。そないぼーっと立っとったら邪魔なるわ」
「ぅ、うん」
一人一席用意されてはいない。
枡席は仕切られた空間に人がひしめき合って座るのだから、他人との距離も近い。
邪魔にならないようにと縮まり正座する蛍の隣で、胡坐を掻き腕組みをした姿勢で杏寿郎が笑った。
「なに、すぐに慣れる。公演が始まれば皆そちらへ集中するだろうし、人気は気にならなくなるだろう」
「いつもこんな感じなの? 客席って」
「うむ。赤の他人であっても、同じ舞台を楽しむ者達。その熱気に染まって感じる演目は、臨場感も一体感も凄いぞ。蛍もきっと楽しめるはずだ」
いつも以上に無邪気な子供のような笑顔を向けてくる杏寿郎の表情が物語っている。
言葉以上に説得力のあるその顔に、蛍もくすりと口角を緩ませた。
「私達が今から観る演目ってどんな劇なの?」
「勧進帳という歌舞伎十八番の一つだ。有名な演目だから知っている者も多い」
「かんじんちょう…?」
「うむ、勧進帳というのだはな! 武蔵坊弁慶と富樫左衛門がとある関所にて腹の探り合いを見せ」
「ちょいちょいと、そこのお兄はん」
「そないな大声で演目の解説をしいひんでくれへんやろか」
「む、う。これは失敬」
よく通る杏寿郎の声は時に重宝するが、今は悪影響だった。
前方に座っていた女性客二人に眉を顰(ひそ)められては、流石に口を閉じる他ない。