第18章 蛹のはばたき✔
竹笠の下から隣を伺えば劇場を凝視している杏寿郎の横顔が伺える。
(…あ)
沈黙を貫き表情も動かないが、その顔が蛍にはどことなく心落ち着かないように見えた。
普段の杏寿郎を近くから見ているからこそ気付いた見慣れない彼の姿。
「…行きたいの? 劇場」
「!」
「お?」
「え?」
無言で期待を寄せているような姿は、好きなものを目にした思春期の少年のようだ。
思わずぽつりと問いかければ、杏寿郎の目がばちりと蛍と重なる。
炎柱が芝居好きなどと勿論知らない後藤と清もまた、驚き目を向けた。
「杏寿郎、お芝居好きなの?」
「…うむ。能や歌舞伎を観るのが、特に」
「そうなんだ。粋な趣味だね」
「非番の日は相撲観戦などもすることがあるな」
蛍にとってはどれも初耳ばかり。
非番の楽しみなら知っていても可笑しくないものだが、どれも鬼殺隊本部では楽しめないものだ。
(そっか…杏寿郎、非番の日も私の傍にいてくれたから…)
振り返れば、任務も雑務もない日は蛍の隣で過ごすことが多かった。
蛍が鬼である為に、本部の外へ誘い連れ出すこともできなかったのだろう。
その楽しみを自分の為に譲ってくれていたのだとしたら。
杏寿郎には気にするなと笑われるだろう。
それでももしその予想が当たっていたなら。そう思うともう止められなかった。
「私、お芝居観たい」
「! 本当か?」
「うん。杏寿郎が好きなもの、知りたいから」
思いに駆られて誘えば、途端に杏寿郎の顔が華やぐ。
普段大人びた言動の多い彼の子供のような喜びに、つられて蛍にも笑顔が浮かんだ。
「杏寿郎が観たいもの、選んで欲しいな。私、能も歌舞伎も初めてだから何も知らないの」
「ならばぜひ!」
「後藤さん達もいい?」
「こんな立派な劇場の芝居なんて観たことないからな。オレも興味あるわ」
「ほな炎柱様、演目はこっちに並んではりますよっ」
「おお! 錚々(そうそう)たる顔ぶれだな!」
先程の#NMAE1#との立場が逆転したように生き生きと演目の看板を見る杏寿郎は心底楽しげだ。
役者を熟知している辺り、相当入れ込みのある趣味なのだろう。
その姿にもまた蛍の顔は綻んだ。