第18章 蛹のはばたき✔
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「舟遊びというのも中々風流でよいものだな」
「ああいう時間の使い方って凄く贅沢だよね。また機会があったらしたいなぁ」
「春や秋には桜や紅葉も見栄えますし。季節で楽しみ方も変わりはるんですよ」
「そうなんだ。見てみたいかも…」
「ではまた近場で任務が入った時は、足を向けるとしようか」
「本当っ?」
「うむ」
舟遊びを終え、再び地上に降り立った一行。
始終あの景色がどうだった、この水面が綺麗だったと話す蛍は、余程満喫できたのだろう。
穏やかな笑みで頷き耳を傾ける杏寿郎と並び歩く姿を、ちらちらと伺いながら清が口を挟めば、尚のこと話は賑わう。
最初こそどうなることかと思っていた後藤も、蛍の楽しめている姿にほっと胸を撫で下ろした。
「ほな次どうします? まだ時間はおますけど」
「そうだな。蛍のことも考えれば、何処か室内で落ち着ける場所があれ…ば……」
「…杏寿郎?」
一日で一番気温が上がる時間帯は過ぎ去っていたが、それでも夏場の太陽が沈むにはまだ早い。
なるべく蛍に負担がかからないようにと杏寿郎が思案する中、その声は不自然な程に途切れた。
等しく足も止めて一点を凝視している姿に、何事かと蛍達も足を止める。
杏寿郎がじっと見開いたような双眸で見つめていたのは、周りの家並みより一際目立つ建物だった。
桃山文化を取り入れた城のような天守(てんしゅ)。
四階建ての風貌ある玄関口には、紫色の暖簾が長々とはためいている。
その左右に飾られた巨大な赤い提灯には"南座"の文字。
「これは…」
「少年、これって」
圧巻とも言える建物を前に、見上げれば大きく頸も曲がる。
後藤と共に見上げた先で蛍が問えば、知った顔で清は頷いた。
「京都四條南座(きょうとしじょうみなみざ)ゆう劇場や」
「劇場って、お芝居を見る所?」
「みたいだな。役者の看板も並んでるし…」
名前は知っていても実際に蛍は足を運んだことがない場所だ。
京都の地さえも初めてなのだから、こんなに立派な劇場は尚のこと知らない。
吸い込まれるように大きな玄関口へと人が流れていく様をまじまじと見ながら、先程から沈黙を続ける杏寿郎がふと気になった。